堪能すべし、キャプラ流ユートピア論!
“理想郷”といえば、僕的にはすぐさまゴダイゴの『ガンダーラ』が脳内で自動再生されるが、言葉の意味を追及すれば奥深い人類の命題が浮かび上がって来よう。
そもそも理想郷とはどういった場所を指すのか?衣食住の快適な保証。不老不死。競争もいがみ合いもなく心穏やかな生活。等々…。それらが実現された世界が、はたして幸せといえるのか?個人個人の幸福基準を満たす、皆の願いが叶う理想郷などあるのか?
これまで件のテーマに挑んだ数々の理想郷モノがつくられてきたが、“シャングリ・ラ(=理想郷)”という言葉を世に浸透させたパイオニアが、ジェームズ・ヒルトンの小説『失われた地平線』である。本小説は冒険家ジョージ・リー・マロイにインスパイされたヒルトンが6週間で書き上げ、1933年に発表されベストセラーとなった。
という訳で本作は、その映画化となるフランク・キャプラ監督の野心作だ。小説を読み即座に映画化権を競り落としたキャプラは、氏にしてはめずらしく空前の大予算を浪費し、全精力を傾けて製作。コロンビア社の製作者ハリー・コーンとの不仲や編集作業のすったもんだもありながら完成した作品はそれなりにヒットし、アカデミー賞ノミネートを果たす高評価を獲得したが、莫大な製作費は回収できずに終わった。
また、『オペラハット』(36)とアカデミー賞作品『我が家の楽園』(38)に挟まれ、当時全盛であった王道キャプラ作品とは毛並みが違う本作は、原作の知名度からすると若干、存在感が薄い一作となっている。文字通り、「過小評価ココに極まり!」といえよう。
1955年、中国奥地の小都バスクルにて騒乱が発生。イギリス人外交官のコンウェイ(ロナルド・コールマン)は弟ジョージ(ジョン・ハワード)、古生物学者ラヴェット(エドワード・エヴェレット・オートン)、元企業家のバーナード(トーマス・ミッチェル)、肺病を患うグローリア(イザベル・ジュエル)と共に飛行機に乗り込み、上海へと脱出を試みる。ところが翌朝、飛行機が別の方向に飛んでいることが判明。いつの間にか操縦士が謎の東洋人に入れ替わっていたのだ。空の上、運命に身をまかせるしか術はない一行であったが、やがて機体はチベットの奥地の雪山に不時着。衝撃で操縦士は死亡し、途方に暮れるコンウェイたちであったが、そこに原住民の一団が現れる。頭目の中国人の老人チャン(H・B・ワーナー)は、コンウェイたちを救助し険しい山道を進み、彼らが暮らす秘境へと案内する。辿りついたそこは地上の楽園“シャングリ・ラ”であった…。
名匠ロバート・リスキンの脚色は、流れは比較的、原作に忠実に進行。回想形式ではないが、実はシナリオ上そうなっていたのをスニーク・プレヴューの評判が悪く編集段階でカットされた。
ただ人物設定が大幅に変更されており、終始“シャングリ・ラ”に不信感をもち脱出を図る副領事のマリンソン大尉をコンウェイの弟ジョージに、東方伝道会のブリンクロウ女史を宗教的な問題を避けたのか厭世観に包まれた病気の女性グローリアへと改変。
コンウェイ兄弟それぞれに宮殿に住まうソンドラ(ジェーン・ワイアット)とロシア娘マリヤ(マーゴ)といった恋のお相手をあてがう等、エンタメとして工夫が凝らされている。
“シャングリ・ラ”の思想は、身分階級もなく政治システムすら持たず、何事も押しつけないホドホドの異端を認める“中庸”の原則。よって生活は西洋と東洋が合わさった適度に近代的な趣であり、音楽や図書といった芸術分野も充実。互いが互いを思いやる生活にストレスはなく、犯罪とも無縁のまさに理想郷である。
コンウェイと面会した“シャングリ・ラ”の大僧正(サム・ジャフェ)は、私利私欲に走り、やがて戦争で自滅する外世界の終末論を説き、“シャングリ・ラ”のシステムこそが未来を担うと力説する。
ただ、“シャングリ・ラ”は、周囲の厳しい自然環境により外敵を阻まれ、険しい山々の懐に生じた温暖な気候を擁し、金鉱による豊富な資金を利用して外交が可能となり、新鮮な食べ物や水による長寿化が成される等々、人跡未踏の地に偶然開かれた奇跡のスポット。当地の外に出ると急激に老化する、限定的なユートピアであることが示される。
この事実から大僧正の思想は、叶わぬ夢であることが分かろう。つまるところ、“シャングリ・ラ”は、個人の中にしかないというテーマが身に迫る。
と同時に、当地の人々のように思いやる心をもてば、世の中がよくなる可能性があるという複合するメッセージが胸に沁みよう。
シビアな内容ながら、最終的には楽天的なキャプラ・ムービーに帰結し、希望を抱かせてくれる本作。“理想郷”=“夢”に向かって歩を進める幻想的なラストが、いつまでも心に残る。
OP、バスクルの騒乱シーンは、キャプラお得意の群衆描写が炸裂し、迫力満点!続く“シャングリ・ラ”までの道程は、アドベンチャー映画の面目躍如でハラハラドキドキ。
雪山等はセット丸出しだが、きちんと息の白さが窺えたりと細部のこだわりに唸る。
豪華予算をかけた“シャングリ・ラ”の荘厳なセットも、要注目。
キャプラがコンウェイ役は彼しかいないと熱望しただけあり、ロナルド・コールマンは品のいい紳士然とした好演で見事期待に応えた。
キャスティングが難航した大僧正役のサム・ジャフェも、神秘的な奥深い味を醸しだしており、ナイス配役。
全体的なクオリティは、さすがに一級の仕上がりである。
不満を挙げれば、東洋のエキゾチズムが溢れる原作の妙味がいまいち薄い点である。キャスティングがあまりに欧米人よりで、東洋人はエキストラ扱いでほとんど出てこない。チャン役も西洋人のH・B・ワーナーが演じ(アカデミー助演男優賞ノミネート)、二人のヒロインも白人に改変。東洋人としては、あまり気分のいいものではない。
また、“シャングリ・ラ”に住み着いてからの各キャラのドラマが一本道でひねりがなく、緩急を失ってどうしてもダラけてしまう。それぞれの背負った設定は凝っているだけに、活かしきれていないのは勿体ない限り。
本作のオリジナル版の上映時間は132分だが、1943年に再公開された際に太平洋戦争真っただ中の世情からタイトルを若干変更し、反日設定をテロップで加えた108分の短縮版が上映された。その後、オリジナル版のフィルムが消失し、長らく短縮版でしか観れなかったのが、1973年から復元作業がスタート。なんとか残っていたフィルムが探し出され、125分の映像と132分の完全版のサウンドトラックが復元された。
よってDVDでは、125分の映像と音声しかない7分間をスチール写真の静止画で補った現在出来うる限りのオリジナル版を観ることができる。
ただ、こういっては何だが、個人的には間延びする分、慣れ親しんだ短縮版の方がいいかもしれない。
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“理想郷”といえば、僕的にはすぐさまゴダイゴの『ガンダーラ』が脳内で自動再生されるが、言葉の意味を追及すれば奥深い人類の命題が浮かび上がって来よう。
そもそも理想郷とはどういった場所を指すのか?衣食住の快適な保証。不老不死。競争もいがみ合いもなく心穏やかな生活。等々…。それらが実現された世界が、はたして幸せといえるのか?個人個人の幸福基準を満たす、皆の願いが叶う理想郷などあるのか?
これまで件のテーマに挑んだ数々の理想郷モノがつくられてきたが、“シャングリ・ラ(=理想郷)”という言葉を世に浸透させたパイオニアが、ジェームズ・ヒルトンの小説『失われた地平線』である。本小説は冒険家ジョージ・リー・マロイにインスパイされたヒルトンが6週間で書き上げ、1933年に発表されベストセラーとなった。
という訳で本作は、その映画化となるフランク・キャプラ監督の野心作だ。小説を読み即座に映画化権を競り落としたキャプラは、氏にしてはめずらしく空前の大予算を浪費し、全精力を傾けて製作。コロンビア社の製作者ハリー・コーンとの不仲や編集作業のすったもんだもありながら完成した作品はそれなりにヒットし、アカデミー賞ノミネートを果たす高評価を獲得したが、莫大な製作費は回収できずに終わった。
また、『オペラハット』(36)とアカデミー賞作品『我が家の楽園』(38)に挟まれ、当時全盛であった王道キャプラ作品とは毛並みが違う本作は、原作の知名度からすると若干、存在感が薄い一作となっている。文字通り、「過小評価ココに極まり!」といえよう。
1955年、中国奥地の小都バスクルにて騒乱が発生。イギリス人外交官のコンウェイ(ロナルド・コールマン)は弟ジョージ(ジョン・ハワード)、古生物学者ラヴェット(エドワード・エヴェレット・オートン)、元企業家のバーナード(トーマス・ミッチェル)、肺病を患うグローリア(イザベル・ジュエル)と共に飛行機に乗り込み、上海へと脱出を試みる。ところが翌朝、飛行機が別の方向に飛んでいることが判明。いつの間にか操縦士が謎の東洋人に入れ替わっていたのだ。空の上、運命に身をまかせるしか術はない一行であったが、やがて機体はチベットの奥地の雪山に不時着。衝撃で操縦士は死亡し、途方に暮れるコンウェイたちであったが、そこに原住民の一団が現れる。頭目の中国人の老人チャン(H・B・ワーナー)は、コンウェイたちを救助し険しい山道を進み、彼らが暮らす秘境へと案内する。辿りついたそこは地上の楽園“シャングリ・ラ”であった…。
名匠ロバート・リスキンの脚色は、流れは比較的、原作に忠実に進行。回想形式ではないが、実はシナリオ上そうなっていたのをスニーク・プレヴューの評判が悪く編集段階でカットされた。
ただ人物設定が大幅に変更されており、終始“シャングリ・ラ”に不信感をもち脱出を図る副領事のマリンソン大尉をコンウェイの弟ジョージに、東方伝道会のブリンクロウ女史を宗教的な問題を避けたのか厭世観に包まれた病気の女性グローリアへと改変。
コンウェイ兄弟それぞれに宮殿に住まうソンドラ(ジェーン・ワイアット)とロシア娘マリヤ(マーゴ)といった恋のお相手をあてがう等、エンタメとして工夫が凝らされている。
“シャングリ・ラ”の思想は、身分階級もなく政治システムすら持たず、何事も押しつけないホドホドの異端を認める“中庸”の原則。よって生活は西洋と東洋が合わさった適度に近代的な趣であり、音楽や図書といった芸術分野も充実。互いが互いを思いやる生活にストレスはなく、犯罪とも無縁のまさに理想郷である。
コンウェイと面会した“シャングリ・ラ”の大僧正(サム・ジャフェ)は、私利私欲に走り、やがて戦争で自滅する外世界の終末論を説き、“シャングリ・ラ”のシステムこそが未来を担うと力説する。
ただ、“シャングリ・ラ”は、周囲の厳しい自然環境により外敵を阻まれ、険しい山々の懐に生じた温暖な気候を擁し、金鉱による豊富な資金を利用して外交が可能となり、新鮮な食べ物や水による長寿化が成される等々、人跡未踏の地に偶然開かれた奇跡のスポット。当地の外に出ると急激に老化する、限定的なユートピアであることが示される。
この事実から大僧正の思想は、叶わぬ夢であることが分かろう。つまるところ、“シャングリ・ラ”は、個人の中にしかないというテーマが身に迫る。
と同時に、当地の人々のように思いやる心をもてば、世の中がよくなる可能性があるという複合するメッセージが胸に沁みよう。
シビアな内容ながら、最終的には楽天的なキャプラ・ムービーに帰結し、希望を抱かせてくれる本作。“理想郷”=“夢”に向かって歩を進める幻想的なラストが、いつまでも心に残る。
OP、バスクルの騒乱シーンは、キャプラお得意の群衆描写が炸裂し、迫力満点!続く“シャングリ・ラ”までの道程は、アドベンチャー映画の面目躍如でハラハラドキドキ。
雪山等はセット丸出しだが、きちんと息の白さが窺えたりと細部のこだわりに唸る。
豪華予算をかけた“シャングリ・ラ”の荘厳なセットも、要注目。
キャプラがコンウェイ役は彼しかいないと熱望しただけあり、ロナルド・コールマンは品のいい紳士然とした好演で見事期待に応えた。
キャスティングが難航した大僧正役のサム・ジャフェも、神秘的な奥深い味を醸しだしており、ナイス配役。
全体的なクオリティは、さすがに一級の仕上がりである。
不満を挙げれば、東洋のエキゾチズムが溢れる原作の妙味がいまいち薄い点である。キャスティングがあまりに欧米人よりで、東洋人はエキストラ扱いでほとんど出てこない。チャン役も西洋人のH・B・ワーナーが演じ(アカデミー助演男優賞ノミネート)、二人のヒロインも白人に改変。東洋人としては、あまり気分のいいものではない。
また、“シャングリ・ラ”に住み着いてからの各キャラのドラマが一本道でひねりがなく、緩急を失ってどうしてもダラけてしまう。それぞれの背負った設定は凝っているだけに、活かしきれていないのは勿体ない限り。
本作のオリジナル版の上映時間は132分だが、1943年に再公開された際に太平洋戦争真っただ中の世情からタイトルを若干変更し、反日設定をテロップで加えた108分の短縮版が上映された。その後、オリジナル版のフィルムが消失し、長らく短縮版でしか観れなかったのが、1973年から復元作業がスタート。なんとか残っていたフィルムが探し出され、125分の映像と132分の完全版のサウンドトラックが復元された。
よってDVDでは、125分の映像と音声しかない7分間をスチール写真の静止画で補った現在出来うる限りのオリジナル版を観ることができる。
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