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Channel: 相木悟の映画評
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『男はつらいよ 奮闘篇』 (1971)

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デリケートなテーマを鮮やかに切り取りし第7作!



高嶺の花のマドンナに恋をし、時に娘のような齢のマドンナに父性を発揮し、果ては甥の恋愛守護神と化す我らが寅さん。観る者は「相変わらずダメだなぁ」、「こりないねぇ」と微笑みながら、トホホな結果に甘んじる寅さんにいつも癒され続けている。
…が、しばし待たれい!シリーズの悠久の歴史の中、およそノーテンキに笑ってはいられない切なすぎる一本の存在を忘れてはならない。
という訳で本作は、異例の珍品であるシリーズ第7作。キャストも地味で目立たず存在感が薄い本作だが、井上ひさし氏が絶賛し、実は山田洋次監督も気に入っていたという知る人ぞ知る隠れファンの多い一作である。

ある日、柴又の“とらや”に寅さん(渥美清)の生みの親である菊(ミヤコ蝶々)が、30年ぶりにやって来る。しかし寅さんは旅先であり、一端帰る菊であったが、ほどなく行き違いに寅さんが帰郷。しぶる寅さんを説得し、さくら(倍賞千恵子)と共に、菊の宿泊先の帝国ホテルを訪ねることに。ところが再会してすぐさま二人は結婚話がもとで言い争い、結局ケンカ別れとなり、菊は京都に、寅さんは旅へと東京を後にするのであった。
ところ変わって静岡県、沼津。寅さんは駅近くのラーメン屋で津軽訛りの少女、花子(榊原るみ)と出会う。軽い知的障がいのある花子は、青森から紡績工場へ出稼ぎにきて、そこを逃げ出してきたという。心配になった寅さんは、なけなしのお金と迷子札代わりに“とらや”の住所を渡し、列車に乗せるのであった。
しばらくして花子のことが気がかりで“とらや”に戻った寅さんは、花子が出迎えたのでびっくり仰天。なりゆきで“とらや”に居ついた花子の面倒をみるべく例のごとく寅さんの空回りがはじまるのだが、花子が障がい者であるがゆえにいつもより周囲が気を揉んで…。

冒頭は新潟の田舎駅で、集団就職する子供たちと見送る母親たちの光景が映し出される。それらの映像はさながら、深夜にたまたまつけたらやっているNHKのレトロ番組を観ているかのようなドキュメンタリー・タッチで、実際、集団就職に向かう素人さんの姿を撮影したのだとか。かようなリアリティ空間に寅さんがひょっこり紛れ込んでいる可笑しさたるや。違和感があるようでいてナチェラルな、妙な味わいがたまらない。

前半は2作目からの再登場となる寅さんの母親、菊が“とらや”を来訪。さくらたちと夢の対面(?)を果たす。菊を演じるミヤコ蝶々が関西弁の名調子で、“とらや”の面々を嵐のごとく翻弄するシーンは圧巻の一言!
続いて寅さんが帰ってきて、まずは菊に会う会わないで騒動を巻き起こし、会ったら会ったで親子喧嘩が勃発。文字通り、この母にしてこの子あり。渥美清と蝶々さんの丁々発止のやりとりは、名人芸の対決となり抱腹絶倒!「足りない頭に生んだのは誰だ!」「生まれた時は足りとったんじゃい!」両者一歩も譲らない応酬は、永遠に観ていたいほどのキレのよさ。似た者同士で、実はお互いの身を案じながら素直になれない不器用さがまた何ともいえない。
ちなみに、ここでやりとりされる“足りる足りない”の問答が、後の展開にじわじわと効いてくる仕組みとなっている。

そして、ひょんなことから旅先で助けた花子と“とらや”で再会した寅さんは、彼女の働き口を探したりとあれやこれやと世話を焼くことに。花子の「私、寅ちゃんの嫁っ子になるかナ」という発言に本気になる寅さん。そこには恋愛や父性とはまた違う、“守る”という優しさが滲み出ていよう。
しかし、周囲の見方はシビアで、おいちゃん(森川信)も障がい者の花子との結婚について結構ヒドイ発言をしている。さすがにさくらは温かいフォローを入れるが…。
個人的には、ある意味、寅さんが堅気になるには最適の相手であると思う。でもそれは理想であろう。
青森からやってきた花子の身元引受人の福士先生(田中邦衛)曰く「障がい者であればこそ、密度の濃い教育を施さねばならない」というセリフが、深刻な現実を物語っている。要は、寅さんのような根無し草には保護者になる資格がないと、暗に切り捨てている訳である。
この辺り、人情派の山田洋次監督のリアリストな一面が垣間見れよう。また後年、『学校』シリーズで監督は、当問題を真正面から取り上げることとなる。

もちろん本編では、寅さんに厳しい現実を直接突きつけるような野暮はしない。寅さんと花子の関係の顛末は、さくらを通してラストシークエンスで間接的に描かれていく。
さくらが青森に帰った花子を訪ねるこの異色の展開は、シリーズ屈指の旅情緒あふれる趣向となっており、見逃し厳禁!学校での福士先生と花子とのしっとりとしたやりとりと、最後のホッとする笑いの緩急共々、映画史に残る名シーンといっても過言ではない。
山田洋次監督の極めて映画的な演出のスマートさに唸る。

ピュアなマドンナ、花子を演じたのは当時絶頂の人気を誇ったアイドル、榊原るみ。『帰ってきたウルトラマン』(71~72)のヒロインでお馴染みの可憐さが眩しい限り。観る者に迫るリアルさで、難役を見事に演じ切っている。

他、落語ファンの山田洋次監督のラブコールをうけ、柳家小さんがラーメン屋のオヤジ役で登場。類稀な話芸をみせてくれるので要チェック。
おっかない顔ながら人のいい交番の警官役、犬塚弘の好演も忘れられない。寅さんに「あとで寄れよ。茶入れっから」と声をかけるカットが、個人的には大好き!
渥美清も絶賛したという、花子の身を案じる福士先生役の田中邦衛の包容力ある存在感も完璧である。
また、記念すべき一作目のマドンナである御前様の娘、冬子(光本幸子)が赤ちゃんを連れて再登場。珍ケースを味わえる。

そして本作から以降、全シナリオを山田洋次と共にタッグを組む朝間義隆が参加したことも押さえておくべきトピックであろう。

なんとなくテーマだけ聞くとシリアスな内容に思えるが、まだまだ初期作品なので特に笑いが冴えまくっている。おいちゃん役の森川信と寅さんとの名調子や、寅さんの伝説的なちょび髭グラサンの扮装、花子への過保護ぶりで周囲を振り回す怒涛のシークエンス、等々、爆笑シーンも数多く暗くなることはない。

社会から外れたアウトローと障がい者の交流という、おそらく現代ではNGが出るであろうチャレンジングな題材を国民的シリーズで実現させた本作。観逃がす手はあるまい。


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