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Channel: 相木悟の映画評
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『百円の恋』 (2014)

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負け犬人生を吹き飛ばす“痛い”一撃!



予定調和なスポ根ものとは違う異色の味わいながら、最後にしっかり感動が心に刻まれる得難い一本であった。
本作は、松田優作の出身地である山口県周南映画祭で、2012年に新設された脚本賞『松田優作賞』第一回グランプリの映画化。
こうした公募シナリオの映像化は昨今、WOWOWが力を入れており、老舗の城戸賞も受賞シナリオを小説化してから映画化する回りくどい戦法が功を奏しているのはご存じの通り。しかしこれらは珍しいケースで、公募シナリオが映画化されるのは万にひとつの確率である。もっと増えてもいいと個人的には思うのだが…。
という訳で無難な原作ものが氾濫する中、こうした活きのいいオリジナル作品の登場は喜ばしい限り。しかも今回は、爆発力のある安藤サクラが体当たりで役に挑んだというのだから、その化学反応を楽しみに劇場へ向かったのだが…!?

32歳の一子(安藤サクラ)は、弁当屋を営む実家を手伝うでもなく引きこもり、ダラダラと無為な日々を送っていた。ある日、出戻りの妹(早織)と大喧嘩をやらかした一子は勢いで家を飛び出し、安アパートで一人暮らしをはじめる羽目となる。常連の百円ショップの深夜バイトにありつき、なんとか食いつなぐ一子。そんな中、通り道のボクシングジムで汗を流す姿を見ていたボクサーの狩野(新井浩文)が一子の店にやってきて、なんとなく二人は恋におちるのだが…。

先にいってしまうが、本作最大の魅力は主演の安藤サクラに尽きよう。
序盤のニート状態の彼女の、匂いが漂ってきそうなブヨブヨの身体と魂の抜けぶりのリアリティたるや!ペラペラと多くを語らず、彼女の佇まいからやさぐれた感情と苛立ちが伝わってくるのだから何をかいわんや。その強烈な存在感に惹きこまれ、終始釘付けである。

そんな安藤サクラ演じる一子は、家を出て不器用に世を渡り、散々ひどい目にも遭い、時に恋にトキメいて幸せを手に入れるも、やっぱり上手くいかない。そのやり場のない鬱憤を、たまたま出会ったボクシングで発散していく。それは何か目標がある訳ではなく、自身の存在証明。心持ちは、『ロッキー』(76)のロッキーと同様だ。その心情がシンプルな物語からストレートに伝わってくる。

そしてボクシングに熱中するうちにどんどん身体がシェイプアップする見事さよ。デ・ニーロ・アプローチもかくやの役作りには、心底脱帽だ。同時に彼女自身、表情も精悍に輝いてくる。文字通り、ユウェナリスの言葉の誤用、“健全なる精神は健全なる身体に宿る”だ。
クライマックス。渾身の試合シーンは、ただただ必見。醜くも美しい人間の生命力をこれでもかと見せられ、圧倒されんばかり。ボクサーとしての未来がある訳ではない無残な消化試合がこれほどエモーショナルな激情を呼ぶのだから、映画マジックここに在り、というか、安藤サクラここに在り、である。

そんな彼女を支える脇役たちも総じてキャラが立っており、インパクト抜群。
うつ気味の百円ショップ店長役の宇野祥平、おしゃべりの中年店員役の坂田聡、チャラい店員役の吉村界人、ジムの会長役の重松収、廃棄商品をもらいにくる謎のオバチャン役の根岸季衣、優作ゆかりの伊藤洋三郎から通り過ぎりのホームレスまで、隅々まで抜かりなし。
狩野役の新井浩文の、とらえどころのないダメ男ぶりもまた最高だ。
本作の白眉は、これら全てのキャラが悪人でもないが良い人でもないという微妙なラインに徹底している点である。一人ぐらいイイ人がいそうなものだが、皆どこか壊れていたり、黒い闇を抱えている。これが安藤サクラの醸す生々しい世界観に合っており、彼女の役をより一層豊かにしているのだ。本作は、総合役者力の映画といえよう。

また、かような癖のある人間たちが織り成すオフビートな面白さに、熱いスポ根を融合させたのがユニーク。
しかもラストは、自称“百円の価値しかない女”一子の気持ちが変化。その成長に胸をつかれ、なおかつ温かい幸福感に包まれるのだから食えない作品である。

美術も凝りに凝っており、どこか昭和の香りが漂うルックは、松田優作賞にあやかって当時のエッセンスを加えたのであろう。現代でいてレトロな不思議な感じがするが、足掻く若者の本質は変わってはいないことにも気付かされる。

武正晴監督については、『イン・ザ・ヒーロー』(14)にて苦言を呈した分、観る前は懐疑的であったが、その実、素晴らしいお仕事をされていました。お見それしました。


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