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『クライング・ゲーム』 (1992)

予測不能の妖艶サスペンス、至高の脚本術を堪能せよ!

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川を渡りたがっている金づちのサソリが、カエルに背中に乗せてくれと頼んだ。
カエルは問う。「君を乗せたら、君は僕を刺すだろう?」
サソリは答える。「刺すもんか。僕が君を刺したら、両方ともおぼれてしまうじゃないか」
納得したカエルはサソリを背に乗せ、川を渡った。
ところが半分を渡ったところで、カエルは強烈な痛みを感じ、自分が刺されたことに気付く。
沈みはじめるカエルとサソリ。
カエルは問う。「どうしてこうなることが分かっていながら、僕を刺したんだい?」
サソリは答えた。「仕方ないんだ。これが僕の性(さが)だから…」

優れたストーリーの定義として、誰でも“概略を一言で説明できる”というものがある。
他、観ている間は観客の心をサスペンスフルに誘導し、鑑賞前と後に変化を即す“何か”を胸に残すテーマ性があること。
冒頭の小噺から、一体何をお感じになられただろうか?

という訳で本作は、本小噺を総合エンターテインメントへと転化したニール・ジョーダン監督がおくる奇跡の傑作である。
小説家でもあるストーリー・テラーの監督が、その本領を発揮。北米限定6館での単館上映だったのが口コミで話題になり、最終的には1097館まで拡大し、大ヒットを記録。アカデミー賞に主要部門でノミネートされ、脚本賞を受賞した。
ちなみに良い映画を観たければ、アカデミー賞の作品賞受賞作をチョイスすれば、ほぼ間違いはない。が、最高賞ともなると政治介入は否めず、そこで派手さのない、いわゆる賞向きではない高品質作には、帳尻合わせに主に脚本賞、脚色賞部門に賞を振り分けて評価するのが例年のパターンとなっている。
当部門受賞作を制覇していくのが、“通”への早道といえよう。

北アイルランドのベルファスト。英国軍に捕らえられた仲間たちの釈放を要求すべくIRA(アイルランド共和国軍)は、黒人兵士ジョディ(フォレスト・ウィテカー)を誘拐。アジトに幽閉する。そんな中、見張りについたファーガス(スティーヴン・レイ)とジョディは長時間、共に過ごすうちに奇妙な友情を抱き合う。ジョディはファーガスに自分が殺されたら、ロンドンにいる恋人ディルに「愛していた」と伝えて欲しいと遺言を託すのであった。やがて交渉は、決裂。ファーガスはジョディを銃殺する運びとなるのだが、ジョディは彼の甘さを見抜いて逃走を図る。ところが皮肉にもジョディは、救出にやってきた味方の装甲車に轢かれ死亡してしまう。
アジトが爆破される中、からくも逃げ延びたファーガスは、ロンドンに潜伏。律儀にもジョディとの約束をはたすべく美容師をしているディル(ジェイ・デヴィッドソン)のもとを訪ねるのであった。そして夜はバーで歌うディルの妖しい美しさにファーガスは次第に惹かれていき…。


※以下、ネタバレ注意!!






パーシー・スレッジの歌う『男が女を愛する時』が甘〜く流れ、遊園地が映し出される冒頭。いちゃつく黒人の男と女。突如、襲われ連れ去られる男。画面上で何が起こっているのか分からないまま、グイグイと観る者を惹きつける。
やがて誘拐された男ジョディは英国軍の兵士であり、誘拐した側はIRAのテロリストである旨が判明。そうして監禁されたジョディとIRA闘士ファーガスが会話を交わすうちに心の距離を縮めていく様子が、一足飛びではなくじっくり描かれていく。
ファーガスの本性である“優しさ”を見抜き、上記した『サソリとカエルの寓話』を語り聞かせるジョディ。
本パートは、緊迫感の中、腹の探り合いをしつつ末端兵士同士がシンパシーを感じ合う友情ドラマかつ社会派ドラマを存分に堪能できる。

ロンドンへ舞台を移してからは、身分を隠したファーガスとジョディの元恋人ディルとのラヴ・ストーリーへと一転。こちらも同様に、二人が恋におちていく過程をきっちり段階を踏んで紡いでいく。
雲天の下、場末のバーで歌う女と訳アリの男が織り成す禁断の愛―。どっぷりと色気のある雰囲気に酔いしれよう。

そして…、ことココに至って巻き起こる驚愕のどんでん返し!なんとディルが“男”であるとんでもない事実が発覚し、物語はさらにひっくり返される。
本作を封切り時に鑑賞した際、僕は不幸にも観る前に当秘密を心無い友人によってバラされてしまった。この一件に関しては、今でも悔しさが甦ってくる。
ストーリーはここからまた違ったベクトルの恋愛モノへと進化。ディルにジョディの格好をさせることから窺える通り、「ファーガスにもその気があったのか?」等々、目測が目測を生み、混沌とした様相を呈していく(笑)。
しかも、そこにジュード(ミランダ・リチャードソン)たちIRAの生き残った仲間たちが再登場し、ファーガスに要人暗殺の手助けを強要。ジャンルはサスペンスへと目まぐるしく変化し、ハラハラドキドキの展開を辿った上に、衝撃の結末を迎えることと相成る。

かように本作はひとつの映画に様々なジャンルが詰め込まれ、ゆえに予測不可能で、観始めたらあまりの面白さに一気観確実!あまつさえ一貫したテーマで、全体を成立させているのだから、奇跡のバランスとしかいいようがない。
ダイアローグも洗練されており、二度観ればよく分かるが、隅々に伏線が張り巡らされており、とにかく無駄が一切ナシ。教訓を強要する押しつけがましさも一切ナシ。気がつけば、じんわり心にテーマが沁み渡っている。
映画史に残る、まこと見事な脚本といえよう。

もちろん役者陣も優れた脚本と演出に応え、素晴らしいパフォーマンスをみせている。
ニール・ジョーダン作品の常連、ファーガス役のスティーヴン・レイは、武闘派ながら温かい心を持つ憎めない男を好演。くたびれた容貌が哀愁を誘う。
IRAの辣腕女闘士ジュードを迫力たっぷりに演じたミランダ・リチャードソンも、鮮烈に画面を引き締める。
前半パートを印象深く彩るジョディ役の、笑福亭鶴瓶ことフォレスト・ウィテカーも忘れてはならない。本作は氏の若き日の代表作のひとつなのだが、見かけは今と全く変わっていない点もご注目。
あと、名優ジム・ブロードベントがバーテン役で顔を出しているので、お見逃しなく。

そして、本作にて一躍、脚光を浴びたディル役のジェイ・デヴィッドソン。
実は氏は、本作が演技初経験。ディル役を探していたプロデューサーがデレク・ジャーマン監督のパーティで無名モデルであった氏を見初め、大抜擢。氏はさすがに冗談だと思い、革靴一足のギャラで承諾した逸話はあまりにも有名である。
妖艶な中性的魅力で本役を演じ、各方面に衝撃を与えたシンデレラ・ボーイは、見事アカデミー助演男優賞にノミネートされた。
しかし本作後は、ローランド・エメリッヒ監督の『スターゲイト』(94)で太陽神ラーを演じたあと、天狗行為が世を賑わせて評判を落とし、次第にフェイドアウト。現在は加齢により、普通のオッサンと化しているそうな。
文字通り、華々しき一発屋である。

全編をムーディに盛り上げるサウンドトラックもまた絶品!都合3回、違った歌い手で流れる往年の名曲『クライング・ゲーム』が頭にこびりついて離れない。元“カルチャー・クラブ”のボーイ・ジョージがカバーしているバージョンに本作の秘密が隠されている点がまたニクイ。

なんとなく本作のテーマを顧みれば、おっちょこちょいはおっちょこちょい、怠け者は怠け者、一生、性分は変えられないという身も蓋もないメッセージに思えるが、さにあらず。救いようのない印象は受けず、ラストは温かい感動に包まれる。
それは“らしさ”を許容する心の広さ、変えようと努力する姿を讃えた本作の懐の深さに他あるまい。

最後に少々、内容に関わる予備知識を付記しておくと、IRA(アイルランド共和国軍)は、英国統治を退け、南北アイルランドを統一せんとする武装組織。ルーツを辿れば18世紀後半まで遡り、数々の組織がIRAを名乗ってきたが、一般的には1969年に分派して誕生したゴリゴリの武闘派、“暫定派”を指す(現在は活動を停止中)。本作のファーガスは、当組織の一員となる。
そんなファーガスたちテロリストに捕えられたのが、英国軍の黒人兵士ジョディ。彼の出身地は、アフリカの旧英国植民地アンティグア・バーブーダであり、アフリカ人でありながらIRA暫定派が暴れ回る危険な任務地ベルファストに派兵されている。
そんなジョディの趣味は“クリケット”。当スポーツは英国では貴族のスポーツだが、植民地では庶民的スポーツとして根付いている実態が興味深いところである。
また、ロンドンでファーガスが、建設現場の上司にアイルランド人の蔑称「パット」と呼ばれる辺り、英国人のアイルランド人に対する差別意識を窺うことができる。
知っていなくても鑑賞に差し支えないが、IRAやイギリスとアイルランドの歴史を多少インプットしておけば、より本作を豊かに楽しめよう。

映画的面白さの詰まった極上ストーリーをぜひご堪能あれ!


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