京文化を照射する、はんなりミュージカル登場す!
周防作品のハイ・クオリティぶりを実感しはするのだが、いまいち心躍らない一作であった。
本作は、我が国が世界に誇るエンターテインメントの旗手、周防正行監督作。何やら監督が20年来、温めていた念願の企画なのだとか。その題材とはズバリ、『マイ・フェア・レディ』(64)の舞妓版。頂点を極めた『Shall we ダンス?』(96)以来、長い充電期間を経て、今後は社会派監督として舵をきっていくのかな?と勝手に思っていたのだが、なぜかここにきて先祖返り。つい伊丹十三のフィルモグラフィに重ねてしまうが、そこはあえて突っ込むまい。
しかしながら、周防組に結集する馴染の俳優陣の豪華さと、すこぶるご機嫌な予告編を観るにつけ、期待は膨らむばかりなのだが…!?
古い歴史を誇る京都の花街、下八軒。かつてはにぎわいをみせた街も今や、舞妓が一人しかいないという寂しい状況。ある節分の夜、女将の千春(冨司純子)、芸妓の豆春(渡辺えり)と里春(草刈民代)、舞妓にしては少々老けた百春(田畑智子)が切り盛りするお茶屋の万寿楽に、一人の少女、春子(上白石萌音)がやってくる。鹿児島弁と津軽弁がミックスされた強いなまりで、舞妓になりたいと懇願する春子。周囲は呆れはてるも、たまたまその場に居合わせた言語学者の京野(長谷川博巳)は、老舗呉服屋の社長、北野(岸部一徳)に賭けを申し出、「彼女を一人前の舞妓にする!」と宣言。晴れて万寿楽の仕込み(見習い)になった春子だが、厳しい花街のしきたり、唄や舞踏の稽古、そしてなまりの矯正という超ハードな日常が待ち受けていて…。
『ファンシイダンス』(89)のお坊さん、『シコふんじゃった。』(91)の学生相撲、『Shall we ダンス?』の社交ダンスと未知の世界を楽しく描出するハウツーものの名手、周防監督。本作も徹底したリサーチに基づき、一般庶民には縁のない花街の風俗や座敷模様、知られざる舞妓&芸妓の裏側の努力と苦労を、春子の奮闘を通してコミカルに紡いでいく。その手際の鮮やかさ、“緋牡丹のお竜”へのオマージュといったマニアへのくすぐり、細部まで凝りに凝った美術の職人技、中村久美、岩本多代からAKBまで次から次に出てくる癖のあるキャラクター、等々、まさに横綱相撲といった按配である。
とはいえ、今回は趣きを変え、架空の街をまるごとセットでつくり、箱庭的ファンタジーへと昇華させている点が新しいところ。さらにそこにミュージカルを融合するという、とんでもない冒険に挑んでいるのだからビックリである。
ただ、監督のリアル指向と件のファンタジー性がしっくり噛み合っているかというと、正直、齟齬をきたしているように思う。
まず主人公の春子が正体不明の不思議ちゃん過ぎて、『Shall we ダンス?』の杉山さんのようにすんなり感情移入して物語に入りにくい。できれば素直に応援したくなる動機を、きっちり描いてほしかった。演じる女優さんも、イモ少女が美しくつややかに成長していく姿を上手に体現してはいるが、ややあざとさを感じるというか、ちと狙いすぎではなかろうか?
同様にヒギンズ教授の役割をはたす京野の動機も薄味。この二人の関係性が、ひとつも面白くならないのが致命傷であった。
個人的には、京野の助手を務める西野(濱田岳)という複雑な背景をもつキャラに惹かれたが、あまりピックアップされず…。彼と春子の恋愛話にした方が、よっぽど中身が弾んだのではなかろうか?
ミュージカル・シーンも趣向がこらされ、職業歌手でない役者が歌って踊る光景は、独特の味があるにはあるが、どうしても話の流れが止まり、気恥ずかしいのなんの。『レ・ミゼラブル』(12)のような“歌える役者”の迫力を目にした後では、ふざけているようにしか見えない。(印象に残ったナンバーも主題歌のみだ)
お話的にも結局のところ、春子がどういう風に問題をクリアして、ラストの変身に至ったのかよく分からなかった。あまりに淡々として、筋運びはあちこち散漫だわで、途中すっかり退屈してまった次第である。
『マイ・フェア・レディ』に思い入れのある人は、もっと楽しめるかもしれないが、好きでも何でもない人間からすれば終始ピンとこない。
花街のいちげんさんお断りの閉鎖性は裏を返せば、究極の“おもてなし”であり、それを受けられるのは成功のステータス。長い歴史を誇る座敷は、伝統を重んじる外界から隔絶された小宇宙であり、時に客との駆け引きにおいて知的なゲーム性すら擁するも、やっていること自体はくだらないというその落差。かように奥深い世界を、明るいファンタジーのアプローチでさらに異文化のミュージカルを合成させるチャレンジ精神と、あまつさえ成立させてしまう周防監督の演出力はやっぱり讃えるべきであろう。
でも今回は、失敗であったと思う。
…が、よくよく考えると本作の本音や泥臭さをコーティングして、表面を繕う淡泊さは、京文化を象徴しているような気もする。いわば、はんなり映画といったところか。
とすると、和洋折衷から、地域(街)が子供を育てる概念から、何から何まで計算してつくられた慎み深い日本人向けコメディに見えてくる。う〜ん、やっぱり名作かも。おそるべし、周防正行。
本作の感想を聞かれたら、「おおきに」と答えるようにします。
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周防作品のハイ・クオリティぶりを実感しはするのだが、いまいち心躍らない一作であった。
本作は、我が国が世界に誇るエンターテインメントの旗手、周防正行監督作。何やら監督が20年来、温めていた念願の企画なのだとか。その題材とはズバリ、『マイ・フェア・レディ』(64)の舞妓版。頂点を極めた『Shall we ダンス?』(96)以来、長い充電期間を経て、今後は社会派監督として舵をきっていくのかな?と勝手に思っていたのだが、なぜかここにきて先祖返り。つい伊丹十三のフィルモグラフィに重ねてしまうが、そこはあえて突っ込むまい。
しかしながら、周防組に結集する馴染の俳優陣の豪華さと、すこぶるご機嫌な予告編を観るにつけ、期待は膨らむばかりなのだが…!?
古い歴史を誇る京都の花街、下八軒。かつてはにぎわいをみせた街も今や、舞妓が一人しかいないという寂しい状況。ある節分の夜、女将の千春(冨司純子)、芸妓の豆春(渡辺えり)と里春(草刈民代)、舞妓にしては少々老けた百春(田畑智子)が切り盛りするお茶屋の万寿楽に、一人の少女、春子(上白石萌音)がやってくる。鹿児島弁と津軽弁がミックスされた強いなまりで、舞妓になりたいと懇願する春子。周囲は呆れはてるも、たまたまその場に居合わせた言語学者の京野(長谷川博巳)は、老舗呉服屋の社長、北野(岸部一徳)に賭けを申し出、「彼女を一人前の舞妓にする!」と宣言。晴れて万寿楽の仕込み(見習い)になった春子だが、厳しい花街のしきたり、唄や舞踏の稽古、そしてなまりの矯正という超ハードな日常が待ち受けていて…。
『ファンシイダンス』(89)のお坊さん、『シコふんじゃった。』(91)の学生相撲、『Shall we ダンス?』の社交ダンスと未知の世界を楽しく描出するハウツーものの名手、周防監督。本作も徹底したリサーチに基づき、一般庶民には縁のない花街の風俗や座敷模様、知られざる舞妓&芸妓の裏側の努力と苦労を、春子の奮闘を通してコミカルに紡いでいく。その手際の鮮やかさ、“緋牡丹のお竜”へのオマージュといったマニアへのくすぐり、細部まで凝りに凝った美術の職人技、中村久美、岩本多代からAKBまで次から次に出てくる癖のあるキャラクター、等々、まさに横綱相撲といった按配である。
とはいえ、今回は趣きを変え、架空の街をまるごとセットでつくり、箱庭的ファンタジーへと昇華させている点が新しいところ。さらにそこにミュージカルを融合するという、とんでもない冒険に挑んでいるのだからビックリである。
ただ、監督のリアル指向と件のファンタジー性がしっくり噛み合っているかというと、正直、齟齬をきたしているように思う。
まず主人公の春子が正体不明の不思議ちゃん過ぎて、『Shall we ダンス?』の杉山さんのようにすんなり感情移入して物語に入りにくい。できれば素直に応援したくなる動機を、きっちり描いてほしかった。演じる女優さんも、イモ少女が美しくつややかに成長していく姿を上手に体現してはいるが、ややあざとさを感じるというか、ちと狙いすぎではなかろうか?
同様にヒギンズ教授の役割をはたす京野の動機も薄味。この二人の関係性が、ひとつも面白くならないのが致命傷であった。
個人的には、京野の助手を務める西野(濱田岳)という複雑な背景をもつキャラに惹かれたが、あまりピックアップされず…。彼と春子の恋愛話にした方が、よっぽど中身が弾んだのではなかろうか?
ミュージカル・シーンも趣向がこらされ、職業歌手でない役者が歌って踊る光景は、独特の味があるにはあるが、どうしても話の流れが止まり、気恥ずかしいのなんの。『レ・ミゼラブル』(12)のような“歌える役者”の迫力を目にした後では、ふざけているようにしか見えない。(印象に残ったナンバーも主題歌のみだ)
お話的にも結局のところ、春子がどういう風に問題をクリアして、ラストの変身に至ったのかよく分からなかった。あまりに淡々として、筋運びはあちこち散漫だわで、途中すっかり退屈してまった次第である。
『マイ・フェア・レディ』に思い入れのある人は、もっと楽しめるかもしれないが、好きでも何でもない人間からすれば終始ピンとこない。
花街のいちげんさんお断りの閉鎖性は裏を返せば、究極の“おもてなし”であり、それを受けられるのは成功のステータス。長い歴史を誇る座敷は、伝統を重んじる外界から隔絶された小宇宙であり、時に客との駆け引きにおいて知的なゲーム性すら擁するも、やっていること自体はくだらないというその落差。かように奥深い世界を、明るいファンタジーのアプローチでさらに異文化のミュージカルを合成させるチャレンジ精神と、あまつさえ成立させてしまう周防監督の演出力はやっぱり讃えるべきであろう。
でも今回は、失敗であったと思う。
…が、よくよく考えると本作の本音や泥臭さをコーティングして、表面を繕う淡泊さは、京文化を象徴しているような気もする。いわば、はんなり映画といったところか。
とすると、和洋折衷から、地域(街)が子供を育てる概念から、何から何まで計算してつくられた慎み深い日本人向けコメディに見えてくる。う〜ん、やっぱり名作かも。おそるべし、周防正行。
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