“無償の善意”を説く、恋愛指南編たる第35作!
シリーズの定型のひとつである、寅さんがあろうことか同じマドンナに惚れた恋敵を応援する“ズッコケ恋愛指南編”。何を隠そう僕も、当パターンが大好きである。
結果的に自分の首を絞めるのが分かっていても、恋に悩むダメ男の背中を押す、そのアンビバレンスな哀愁が堪らない。
僕も他者と競い合うぐらいなら身を引く小心者なので、感情移入しまくりである。社会システムの外で、豪放磊落、気ままに生きている寅さんは、弱き者の憧れであるのと同時に、その実、極めて身近な同士である点がシリーズの魅力といえよう。
という訳で本作は、タイトルそのまま件のスタイルをなぞりながら、奥深いテーマ性を加味したシリーズ第35作である。
長崎県、五島列島にやってきた寅さん(渥美清)とテキヤ仲間のポンシュウ(関敬六)は、道で転んだ老婆ハマ(初井言栄)を助け、一晩のおもてなしをうける。一人暮らしのハマの家で、ドンチャン騒ぎを繰り広げる寅さんであったが、夜中にハマの具合が悪くなり急死してしまう。カトリック教徒であったハマの葬儀は教会で執り行われ、参列した寅さんは、東京から駆け付けた孫娘の若菜(樋口可南子)と出会う。例のごとく若菜の美しさに一目惚れする寅さん。
数日後、柴又の“とらや”に帰ってきた寅さんは、若菜から届いた礼状をたよりに彼女のアパートを訪ねていく。すると再会した若菜は失業しており、見かねた寅さんは博(前田吟)にたのみ、就職口を世話することに。そんなある日、若菜のアパートに遊びにきた寅さんは、同じアパートに住んでいる司法試験の勉強に励む真面目一徹の男、民夫(平田満)が、若菜にぞっこんであることを察知して…。
毎度お楽しみ冒頭の夢シーンの題材は、『姥捨て山伝説』。老いたおいちゃん(下條正巳)とおばちゃん(三崎千恵子)を山に捨てにいくシリアスな展開からトホホなオチがつく本シーンを橋渡しに、物語の発端となる老婆ハマを助けるエピソードにスムーズに移行するシナリオの鮮やかさが光る。
導入部の舞台となる五島列島は、住民の10%以上がカトリック教徒という地であり、もちろんハマ婆さんも敬虔な教徒。そのハマ婆さんを寅さんが助ける、“無償の善意”が本作を覆うテーマとなる。
その後、寅さんは下心丸出しでハマ婆さんの孫娘、若菜の世話をたのまれてもいないのに焼きまくり、あまつさえ民夫に「あきらめろ!」と諭す始末。そのみっともない様に呆れたさくら(倍賞千恵子)の叱責により、心を入れ替えた寅さんは頼りない民夫をバックアップし始める。
“名選手、必ずしも名監督ならず”という世の真理通り、意外にも寅さんは名恋愛教師であるのは、ご存じの通り。現にさくらと博をくっつけたのも寅さんであり、後々は甥の満男(吉岡秀隆)に対してその威力を発揮していく。
ハッキリいって、教える内容はハチャメチャだが、強引に一歩踏み出させる有無をいわせぬパワーは効果絶大といえよう。
よって本作は、寅さんが献身的な“無償の善意”の体現者となる分、本パターンの味であるマドンナへの未練や「2番手の方が気楽でいい」といった複雑な情感は薄めである。
とはいえ、もちろん寅さんの“珍”恋愛指南はテッパンの大爆笑!こちらの期待を裏切らない。
他、笑わせてくれるのは、民夫の故郷、秋田を舞台にしたドタバタのクライマックス。リフトのやりとりは抱腹絶倒の名シーン!
若干、全体的にノリがふざけ過ぎな点が気になるが、最後には心が温かくなることうけあいである。
マドンナの若菜を演じたのは、樋口可南子。とにもかくにも、若き日の女史のハッとする魅力に息を飲む。喪服姿から浴衣姿の色っぽさまで、満男と源公(佐藤蛾次郎)と共にもうメロメロ。写植オペレーターという仕事がまた凛々しい赴きを醸し出している。
実は悲しい生い立ちを背負っており、男関係に苦労した重い過去もあり、仕事の面接時に今でいうセクハラ行為を受けるシーンがあったりと、影がある美しさがまた堪らない。
そんな彼女が、ウブで不器用な堅物の民夫に落ち着く顛末は、説得力抜群である。
寅さんに「平べったいカニみたいなヤツ」といわしめる民夫役の平田満のコメディリリーフな上手さも、絶賛に値しよう。
夢をあきらめて、地道な生活を選ぶその姿は、そうやって生きる大半の庶民の心をうつに違いない。劇中のさり気ないエピソードの挿入により、彼と博をオーバーラップさせる作劇の巧妙さも唸らんばかり。
タコ社長(太宰久雄)の娘あけみ役の美保純を今回久しぶりに見たのだが、その艶めかしい存在感に圧倒された。シリーズ屈指の名脇役である。
他、梅津栄、杉山とく子、松村達雄とお馴染みの面々が登場。それぞれベストパフォーマンスで場面をさらっていく。特に杉山とく子と二代目おいちゃん、松村達雄の丁々発止のやりとりは必見!
御前様役の笠智衆がぼやく、「イエス様が、寅を見捨てなければいいが…」というセリフもまた味わい深し!
そして今回特筆すべきは何といっても、関敬六が扮する寅さんのテキヤ仲間ポンシュウのまさかの大活躍!ラストのオチで、本作のテーマを担うある海外古典のパロディを体現した重要な役割を与えられている。ポンシュウ・ファンは、くれぐれもお見逃しなく!
ハマ婆さんを助けた寅さんは、一夜の宿とご馳走に恵まれ、“無償の善意”の恩恵を受けた。(なんとなく矛盾した文章になっているが)
対して、肝心の若菜と民夫のキューピット活動への報いは、寅さんに訪れるのだろうか?
そこは各々の胸にしまい込むのが、本シリーズを永遠に楽しむためのルールである。
他人に幸せを振りまく寅さんが、幸せにならないはずはないのだから。
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シリーズの定型のひとつである、寅さんがあろうことか同じマドンナに惚れた恋敵を応援する“ズッコケ恋愛指南編”。何を隠そう僕も、当パターンが大好きである。
結果的に自分の首を絞めるのが分かっていても、恋に悩むダメ男の背中を押す、そのアンビバレンスな哀愁が堪らない。
僕も他者と競い合うぐらいなら身を引く小心者なので、感情移入しまくりである。社会システムの外で、豪放磊落、気ままに生きている寅さんは、弱き者の憧れであるのと同時に、その実、極めて身近な同士である点がシリーズの魅力といえよう。
という訳で本作は、タイトルそのまま件のスタイルをなぞりながら、奥深いテーマ性を加味したシリーズ第35作である。
長崎県、五島列島にやってきた寅さん(渥美清)とテキヤ仲間のポンシュウ(関敬六)は、道で転んだ老婆ハマ(初井言栄)を助け、一晩のおもてなしをうける。一人暮らしのハマの家で、ドンチャン騒ぎを繰り広げる寅さんであったが、夜中にハマの具合が悪くなり急死してしまう。カトリック教徒であったハマの葬儀は教会で執り行われ、参列した寅さんは、東京から駆け付けた孫娘の若菜(樋口可南子)と出会う。例のごとく若菜の美しさに一目惚れする寅さん。
数日後、柴又の“とらや”に帰ってきた寅さんは、若菜から届いた礼状をたよりに彼女のアパートを訪ねていく。すると再会した若菜は失業しており、見かねた寅さんは博(前田吟)にたのみ、就職口を世話することに。そんなある日、若菜のアパートに遊びにきた寅さんは、同じアパートに住んでいる司法試験の勉強に励む真面目一徹の男、民夫(平田満)が、若菜にぞっこんであることを察知して…。
毎度お楽しみ冒頭の夢シーンの題材は、『姥捨て山伝説』。老いたおいちゃん(下條正巳)とおばちゃん(三崎千恵子)を山に捨てにいくシリアスな展開からトホホなオチがつく本シーンを橋渡しに、物語の発端となる老婆ハマを助けるエピソードにスムーズに移行するシナリオの鮮やかさが光る。
導入部の舞台となる五島列島は、住民の10%以上がカトリック教徒という地であり、もちろんハマ婆さんも敬虔な教徒。そのハマ婆さんを寅さんが助ける、“無償の善意”が本作を覆うテーマとなる。
その後、寅さんは下心丸出しでハマ婆さんの孫娘、若菜の世話をたのまれてもいないのに焼きまくり、あまつさえ民夫に「あきらめろ!」と諭す始末。そのみっともない様に呆れたさくら(倍賞千恵子)の叱責により、心を入れ替えた寅さんは頼りない民夫をバックアップし始める。
“名選手、必ずしも名監督ならず”という世の真理通り、意外にも寅さんは名恋愛教師であるのは、ご存じの通り。現にさくらと博をくっつけたのも寅さんであり、後々は甥の満男(吉岡秀隆)に対してその威力を発揮していく。
ハッキリいって、教える内容はハチャメチャだが、強引に一歩踏み出させる有無をいわせぬパワーは効果絶大といえよう。
よって本作は、寅さんが献身的な“無償の善意”の体現者となる分、本パターンの味であるマドンナへの未練や「2番手の方が気楽でいい」といった複雑な情感は薄めである。
とはいえ、もちろん寅さんの“珍”恋愛指南はテッパンの大爆笑!こちらの期待を裏切らない。
他、笑わせてくれるのは、民夫の故郷、秋田を舞台にしたドタバタのクライマックス。リフトのやりとりは抱腹絶倒の名シーン!
若干、全体的にノリがふざけ過ぎな点が気になるが、最後には心が温かくなることうけあいである。
マドンナの若菜を演じたのは、樋口可南子。とにもかくにも、若き日の女史のハッとする魅力に息を飲む。喪服姿から浴衣姿の色っぽさまで、満男と源公(佐藤蛾次郎)と共にもうメロメロ。写植オペレーターという仕事がまた凛々しい赴きを醸し出している。
実は悲しい生い立ちを背負っており、男関係に苦労した重い過去もあり、仕事の面接時に今でいうセクハラ行為を受けるシーンがあったりと、影がある美しさがまた堪らない。
そんな彼女が、ウブで不器用な堅物の民夫に落ち着く顛末は、説得力抜群である。
寅さんに「平べったいカニみたいなヤツ」といわしめる民夫役の平田満のコメディリリーフな上手さも、絶賛に値しよう。
夢をあきらめて、地道な生活を選ぶその姿は、そうやって生きる大半の庶民の心をうつに違いない。劇中のさり気ないエピソードの挿入により、彼と博をオーバーラップさせる作劇の巧妙さも唸らんばかり。
タコ社長(太宰久雄)の娘あけみ役の美保純を今回久しぶりに見たのだが、その艶めかしい存在感に圧倒された。シリーズ屈指の名脇役である。
他、梅津栄、杉山とく子、松村達雄とお馴染みの面々が登場。それぞれベストパフォーマンスで場面をさらっていく。特に杉山とく子と二代目おいちゃん、松村達雄の丁々発止のやりとりは必見!
御前様役の笠智衆がぼやく、「イエス様が、寅を見捨てなければいいが…」というセリフもまた味わい深し!
そして今回特筆すべきは何といっても、関敬六が扮する寅さんのテキヤ仲間ポンシュウのまさかの大活躍!ラストのオチで、本作のテーマを担うある海外古典のパロディを体現した重要な役割を与えられている。ポンシュウ・ファンは、くれぐれもお見逃しなく!
ハマ婆さんを助けた寅さんは、一夜の宿とご馳走に恵まれ、“無償の善意”の恩恵を受けた。(なんとなく矛盾した文章になっているが)
対して、肝心の若菜と民夫のキューピット活動への報いは、寅さんに訪れるのだろうか?
そこは各々の胸にしまい込むのが、本シリーズを永遠に楽しむためのルールである。
他人に幸せを振りまく寅さんが、幸せにならないはずはないのだから。
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