命題を突きつける深遠なる西部劇神話!
今や作品を発表する度にアカデミー賞に絡み、ハリウッドの尊敬を一身に集めているクリント・イーストウッド御大。
しかしながら、そうした正しい評価を受けるようになったのは、キャリアも後半も後半。スピルバーグ同様、ヒットメイカーとしてのやっかみから監督業も注目されず、アカデミー賞会員も冷たい態度をとり続けていた。
本作は、そんな状況を一変させた92年公開の監督作。第65回アカデミー賞にて作品賞、監督賞、助演男優賞、編集賞を獲得。いわば御大は、周囲が無視できず評価せざるをえない傑作を生み出してしまったのである。
本作のオリジナル脚本は、『ブレードランナー』(82)で有名なデイヴィッド・ウェッブ・ピープルズが70年代に執筆。当初はフランシス・フォード・コッポラが映画化権を有していたが、当脚本に惚れ込んだイーストウッドは交渉を開始。丁度その頃、コッポラの製作会社が倒産した経緯もあり、幸いにも御大は権利を手に入れることに成功する。
しかし、すぐに映画化に着手せずに、自らが主人公を演じるに相応しい年齢になるまで温存。齢と共にキャリアを重ね、充分に機が熟したタイミングで本作を世に放った。
そんな本作は、これまで御大が監督、プロデュースした西部劇内で描いてきた思想の集大成となっており、まさに作家としての到達点たる威厳を備えている。
本作が、ドン・シーゲルとセルジオ・レオーネに捧げられている事実は、師と仰ぐ両氏へのオマージュというより、肩を並べた誇りといえよう。
1880年、ワイオミング州。小さな街ビッグ・ウィスキーである夜、娼婦が客に顔を切り刻まれる事件が発生。犯人のカウボーイは街を牛耳る保安官リトル・ビル・ダゲット(ジーン・ハックマン)に逮捕されるも、馬7頭の賠償金で釈放されてしまう。しかし、それでは腹の虫がおさまらない娼婦たちは、カウボーイの首に1000ドルを懸け、賞金稼ぎを集めるのであった。
一方、かつて列車強盗や数多の殺人で悪名を轟かせた伝説のアウトロー、ウィリアム・マニー(クリント・イーストウッド)は、若妻との結婚を機に改心。妻を病気で亡くした後も、幼い子供二人と共に郊外で慎ましい暮らしを送っていた。そんなマニーのもとに若い賞金稼ぎスコフィールド・キッド(ジェームズ・ウールヴェット)が訪ねてきて、件のカウボーイ殺しの協力を申し出る。11年という長いブランクもあり、返事をしぶるマニーであったが子供たちの将来を考え、再び銃をとることを決意。かつての相棒ネッド(モーガン・フリーマン)を仲間に加え、三人はビッグ・ウィスキーに向かうのであった。しかし娼館に辿り着いた一行の前に、無法者を忌み嫌うダゲットが立ち塞がり…。
本作が観客の度肝を抜いたのは、何をおいてもこれまでの西部劇のフィクションたる常識を覆す、リアルな描写の数々である。
徹底的に時代考証された美術や衣装もさることながら、銃撃戦ではなかなか弾は人に当たらず、敵をバタバタ殺しまくるエンタメの爽快感は皆無。人一人を殺す大変さを、その後の心理的ショックと共に観客に体感させる。
主人公マニーへのアプローチも、豚を追い回す登場シーンからはじまり、馬に乗れば落馬しまくる情けない姿を披露。元は冷酷な殺し屋といえども、血の通った普通の人間である旨を否応にも認識させる。この役をイーストウッドがやったのだから効果覿面。やるせない衝撃たるや尋常ではない。
御大の憎いところは、それでも全体的にはエンタメのフォーマットでラストをまとめている点である。
でも観た後は、モヤモヤしたものがどうしても拭えない。
僕も高校生の頃、鑑賞した際は、格好つけてわかった気になっていたが、その実、スッキリしてはいなかった。それは一重に本作が含む深いテーマ性の賜物といえよう。
まず注目は、物語上、悪役となる賞金をかけられたカウボーイ二名。
確かにそのうちの一人は、娼婦に暴力を振るった最低野郎だが、その原因となった娼婦の“暴言”の内容を聞けば、男なら彼がブチギレた気持ちも共感できよう(苦笑)。それにカッとなってやってしまっただけで、命までは奪っていない。保安官に捕まり、きちんと賠償金を支払い、罪を償ってさえいる。
彼らははたして殺されるだけの罪を犯したのだろうか?
特に実行犯はまだしも、連れであるもうひとりの男は、どう見ても誠実なイイヤツである。
他方、娼婦たちの尊厳を踏みにじられた怨みもまた痛いほど分かる。彼女たちは事件を名目に、自らの職業に対する世間の偏見や差別と闘っていたのだろう。
もちろん、顔に一生残る傷を受けた娼婦(フランシス・フィッシャー)の悔しさを慮れば、同情を禁じ得ない。
とはいえ、金で殺し屋を雇い、復讐する発想は健全といえるだろうか?
街を恐怖政治であれ、規律をたてて守っている保安官ダゲットも、観方を変えれば、正義のヒーローである。現に彼の中では悪いことをしている気は、微塵もあるまい。無法者がはびこる時代に、街の治安を守る最も適した方法を彼はとっているだけである。
本役でアカデミー賞助演男優賞をゲットしたジーン・ハックマンの迫力により、強烈な悪役として印象に残っているが、ジョン・ウェインのようなアメリカの良心が匂う配役にすれば、もっと面白くなったような気がしないでもない。
ちなみに本役の思想は、アメリカのメタファーとして解釈可能であり、彼が家を造っているのも、かの国が“新しい国”であることの象徴であろう。実際は大工(ダゲット本人)の腕がなく、雨漏りしている点も意味深だ。
賞金目当てにやってきた英国人ガンマン、イングリッシュ・ボブ(リチャード・ハリス)は、ダゲットにその捏造した経歴を暴かれ、袋叩きの眼に合う。そんなボブが街を追い出される際に吐き捨てるセリフが、痛烈にかの国の現状を風刺していよう。
そして、主人公マニーたちが貧困から金に眼がくらみ、殺人を引き受ける事情もまた理解できる代物である。
ターゲットのカウボーイを殺し、動揺した青二才のスコフィールド・キッドにマニーは諭す。
「殺しは非道な行為だ。人の過去や未来をすべて奪ってしまう」
キッドは、「あいつらは殺されて当然の人間だ。自業自得だ!」と自分を必死で慰める。
マニーはキッドに告げる。「それは俺たちも同じだ」と。
もうお分かりの通り、登場人物全員が善人でも悪人でもなく、“許されざる者”なのである。
そうした“許されざる者”たちによって本作が語りかけるのは、「人は人を裁く権利があるのか?」なる命題といえよう。
昨今のアメコミ・ヒーローは、正義の在り方について苦悩しているが、本作ではもっとシンプルに当問題の根本を突いてくる。
各勢力がそれぞれ審判を下そうと対立するが、それぞれが分かり合う道はあったのだろうか?
その問いには、テロップで語られるエピローグがシビアな解答を示している。
美しくも切ないラスト・カットの、これぞ名画と呼べる格調高さ。イーストウッドがノンクレジットで作曲したテーマ曲が、深く心に沁みわたる。
映画が提供してきた殺人エンターテインメントへの批評と人間の業を示した偉大な映画を、ぜひご体感あれ!
イングリッシュ・ボブのハッタリ自伝を執筆していた腰巾着作家(ソウル・ルビネック)は、劇中でダゲットに乗り換え、その壮絶なマニーとの対決を見届ける。
最終的に彼はどういった物語をつむいだのだろうか?
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今や作品を発表する度にアカデミー賞に絡み、ハリウッドの尊敬を一身に集めているクリント・イーストウッド御大。
しかしながら、そうした正しい評価を受けるようになったのは、キャリアも後半も後半。スピルバーグ同様、ヒットメイカーとしてのやっかみから監督業も注目されず、アカデミー賞会員も冷たい態度をとり続けていた。
本作は、そんな状況を一変させた92年公開の監督作。第65回アカデミー賞にて作品賞、監督賞、助演男優賞、編集賞を獲得。いわば御大は、周囲が無視できず評価せざるをえない傑作を生み出してしまったのである。
本作のオリジナル脚本は、『ブレードランナー』(82)で有名なデイヴィッド・ウェッブ・ピープルズが70年代に執筆。当初はフランシス・フォード・コッポラが映画化権を有していたが、当脚本に惚れ込んだイーストウッドは交渉を開始。丁度その頃、コッポラの製作会社が倒産した経緯もあり、幸いにも御大は権利を手に入れることに成功する。
しかし、すぐに映画化に着手せずに、自らが主人公を演じるに相応しい年齢になるまで温存。齢と共にキャリアを重ね、充分に機が熟したタイミングで本作を世に放った。
そんな本作は、これまで御大が監督、プロデュースした西部劇内で描いてきた思想の集大成となっており、まさに作家としての到達点たる威厳を備えている。
本作が、ドン・シーゲルとセルジオ・レオーネに捧げられている事実は、師と仰ぐ両氏へのオマージュというより、肩を並べた誇りといえよう。
1880年、ワイオミング州。小さな街ビッグ・ウィスキーである夜、娼婦が客に顔を切り刻まれる事件が発生。犯人のカウボーイは街を牛耳る保安官リトル・ビル・ダゲット(ジーン・ハックマン)に逮捕されるも、馬7頭の賠償金で釈放されてしまう。しかし、それでは腹の虫がおさまらない娼婦たちは、カウボーイの首に1000ドルを懸け、賞金稼ぎを集めるのであった。
一方、かつて列車強盗や数多の殺人で悪名を轟かせた伝説のアウトロー、ウィリアム・マニー(クリント・イーストウッド)は、若妻との結婚を機に改心。妻を病気で亡くした後も、幼い子供二人と共に郊外で慎ましい暮らしを送っていた。そんなマニーのもとに若い賞金稼ぎスコフィールド・キッド(ジェームズ・ウールヴェット)が訪ねてきて、件のカウボーイ殺しの協力を申し出る。11年という長いブランクもあり、返事をしぶるマニーであったが子供たちの将来を考え、再び銃をとることを決意。かつての相棒ネッド(モーガン・フリーマン)を仲間に加え、三人はビッグ・ウィスキーに向かうのであった。しかし娼館に辿り着いた一行の前に、無法者を忌み嫌うダゲットが立ち塞がり…。
本作が観客の度肝を抜いたのは、何をおいてもこれまでの西部劇のフィクションたる常識を覆す、リアルな描写の数々である。
徹底的に時代考証された美術や衣装もさることながら、銃撃戦ではなかなか弾は人に当たらず、敵をバタバタ殺しまくるエンタメの爽快感は皆無。人一人を殺す大変さを、その後の心理的ショックと共に観客に体感させる。
主人公マニーへのアプローチも、豚を追い回す登場シーンからはじまり、馬に乗れば落馬しまくる情けない姿を披露。元は冷酷な殺し屋といえども、血の通った普通の人間である旨を否応にも認識させる。この役をイーストウッドがやったのだから効果覿面。やるせない衝撃たるや尋常ではない。
御大の憎いところは、それでも全体的にはエンタメのフォーマットでラストをまとめている点である。
でも観た後は、モヤモヤしたものがどうしても拭えない。
僕も高校生の頃、鑑賞した際は、格好つけてわかった気になっていたが、その実、スッキリしてはいなかった。それは一重に本作が含む深いテーマ性の賜物といえよう。
まず注目は、物語上、悪役となる賞金をかけられたカウボーイ二名。
確かにそのうちの一人は、娼婦に暴力を振るった最低野郎だが、その原因となった娼婦の“暴言”の内容を聞けば、男なら彼がブチギレた気持ちも共感できよう(苦笑)。それにカッとなってやってしまっただけで、命までは奪っていない。保安官に捕まり、きちんと賠償金を支払い、罪を償ってさえいる。
彼らははたして殺されるだけの罪を犯したのだろうか?
特に実行犯はまだしも、連れであるもうひとりの男は、どう見ても誠実なイイヤツである。
他方、娼婦たちの尊厳を踏みにじられた怨みもまた痛いほど分かる。彼女たちは事件を名目に、自らの職業に対する世間の偏見や差別と闘っていたのだろう。
もちろん、顔に一生残る傷を受けた娼婦(フランシス・フィッシャー)の悔しさを慮れば、同情を禁じ得ない。
とはいえ、金で殺し屋を雇い、復讐する発想は健全といえるだろうか?
街を恐怖政治であれ、規律をたてて守っている保安官ダゲットも、観方を変えれば、正義のヒーローである。現に彼の中では悪いことをしている気は、微塵もあるまい。無法者がはびこる時代に、街の治安を守る最も適した方法を彼はとっているだけである。
本役でアカデミー賞助演男優賞をゲットしたジーン・ハックマンの迫力により、強烈な悪役として印象に残っているが、ジョン・ウェインのようなアメリカの良心が匂う配役にすれば、もっと面白くなったような気がしないでもない。
ちなみに本役の思想は、アメリカのメタファーとして解釈可能であり、彼が家を造っているのも、かの国が“新しい国”であることの象徴であろう。実際は大工(ダゲット本人)の腕がなく、雨漏りしている点も意味深だ。
賞金目当てにやってきた英国人ガンマン、イングリッシュ・ボブ(リチャード・ハリス)は、ダゲットにその捏造した経歴を暴かれ、袋叩きの眼に合う。そんなボブが街を追い出される際に吐き捨てるセリフが、痛烈にかの国の現状を風刺していよう。
そして、主人公マニーたちが貧困から金に眼がくらみ、殺人を引き受ける事情もまた理解できる代物である。
ターゲットのカウボーイを殺し、動揺した青二才のスコフィールド・キッドにマニーは諭す。
「殺しは非道な行為だ。人の過去や未来をすべて奪ってしまう」
キッドは、「あいつらは殺されて当然の人間だ。自業自得だ!」と自分を必死で慰める。
マニーはキッドに告げる。「それは俺たちも同じだ」と。
もうお分かりの通り、登場人物全員が善人でも悪人でもなく、“許されざる者”なのである。
そうした“許されざる者”たちによって本作が語りかけるのは、「人は人を裁く権利があるのか?」なる命題といえよう。
昨今のアメコミ・ヒーローは、正義の在り方について苦悩しているが、本作ではもっとシンプルに当問題の根本を突いてくる。
各勢力がそれぞれ審判を下そうと対立するが、それぞれが分かり合う道はあったのだろうか?
その問いには、テロップで語られるエピローグがシビアな解答を示している。
美しくも切ないラスト・カットの、これぞ名画と呼べる格調高さ。イーストウッドがノンクレジットで作曲したテーマ曲が、深く心に沁みわたる。
映画が提供してきた殺人エンターテインメントへの批評と人間の業を示した偉大な映画を、ぜひご体感あれ!
イングリッシュ・ボブのハッタリ自伝を執筆していた腰巾着作家(ソウル・ルビネック)は、劇中でダゲットに乗り換え、その壮絶なマニーとの対決を見届ける。
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