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『TATSUMI マンガに革命を起こした男』 (2010)

“劇画”を提唱せし、先人の軌跡に敬礼!

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偉大なる先駆者の魂にふれる漫画ファン必見の一作であった。
写実的な画と映画のようなコマ割りで表現する大人向けのストーリー漫画を“劇画”と命名した漫画家、辰巳ヨシヒロ。本作は、氏の自伝的作品『劇画漂流』の一部と短編5本をアニメ化し、作家論としてまとめたユニークな一本。シンガポールの重鎮監督エリック・クーにより、2011年に製作された本作の、ようやくの日本公開だ。
恥ずかしながら、僕は『劇画漂流』を読むまで辰巳ヨシヒロ氏の名前を知らず、“劇画”に関しても、さいとう・たかをが名付け親で、てっきり小島剛夕や池上遼一、原哲夫みたいな作画をそう呼ぶのだと完全に勘違いをしていた。これで漫画ファンを名乗っていたのだから、片腹痛しである。
さらに理解を深めるべく劇場へ向かったのだが…。

本編は、アニメーションといっても、辰巳氏の原作を活かした“動く漫画”といった趣きで、氏の世界観を最大限に活かした映像化となっている。一人六役の声優をこなした別所哲也の素朴な味わいも悪くない。監督の辰巳作品に対する敬意を感じよう。
構成は、辰巳氏のナレーションによる『劇画漂流』の主要シーンを挟み、終戦間もない大阪で、学生時代から漫画家としてかつてないジャンルを切り開くべく試行錯誤し、“劇画”誕生へ向かう氏の半生を手際よく紹介。その合間に、短編作品を挿入する形となる。
またも恥をさらすが、僕は氏の短編を読んだことがなかった。ちなみに貸本全盛期に活躍した作家たちは、大手出版社ではなく零細出版社に所属していたこともあり、後世に作品が流通しなかった。それが彼らの知名度を著しく薄めてしまった原因でもあるのだが、現在は復刊も進み、氏の作品も多くが読めるようになっている。

という訳で、本作にて5編の物語にはじめてふれたのだが、その素晴らしさに圧倒された。
原爆投下直後の広島で、壁に焼き付けられた親子の影を撮影したカメラマンの数奇な運命を描いた『地獄』。一匹の猿と暮らす職工の孤独を描いた『いとしのモンキー』。定年退職を控えた居場所のない初老男の哀しさを描いた『男一発』。連載が打ち切りという現実から逃避する絵本作家の焦燥を描いた『はいってます』。米兵相手の娼婦の冷ややかな世間に対する絶望を描いた『グッドバイ』。
この珠玉の5編の暗喩に満ちたストーリーテリングの見事さには、脱帽である。全体を通して、時代の大きな流れに翻弄される人々の痛みと悔しさ、閉塞感の中、身動きがとれない苛立ちが、ひしひしと胸に迫ってくる。そこには主人公たちの分身として、辰巳氏本人の心情が息づいていよう。
辰巳氏は劇中で語る。ストーリーを生み出すのではなく、自然に湧き上がってきたものを表現する、と。デフォルメされた子供の娯楽ではなく、リアリズムに根差した感動を与える効果こそが、氏が目指した劇画というジャンルなのだ。
本作は、この氏の思想と半ドキュメンタリー・アニメという構造が、絶妙にマッチしている。

監督はインタビューで、辰巳氏は、やりようによっては成功できたのでは?と発言している。現に商業主義に徹したさいとう・たかをは有名になり、さいとう氏もあくまで表現者の道を歩んだ辰巳たちと自身との方向性の違いを認めている。
メインストリームから背を向けても、我が道を貫き生きてきた辰巳氏。コインを裏に張り付けた定規を傍らに、ペンをとり、ひたすら愚直に机に向かうその高潔な姿に、思わず目頭が熱くなった次第である。

ただ、いくら事情があって偉業が語り継がれなかったとはいえ、現在の我が国においての名声は低すぎよう。再評価の気運が高まっているとはいえ、氏やその仲間たちが果たした“劇画”ムーブメントの功績は、もっと常識化して然るべきである。
そんな氏がアメリカやフランスといった海外で思わぬ注目を集め、シンガポールで本作のような映画が製作されたのは皮肉としかいいようがない。(なんと本作は、当国のアカデミー外国語映画賞の代表に選ばれている)
なぜ、『劇画漂流』を代表とする氏の作品が海外でブレイクしたかというと、氏の作品を気に入ったコミック作家エードリアン・トミーネの一大プロモーション、そしてアメリカの独立系出版社による“オルタナティブ・コミック”というジャンルで、氏の作品の文学性がフィットした等、数々の偶然が重なったそうな。(参考:椎名ゆかり氏によるコラム 文化輸出品としてのマンガ‐北米の漫画事情‐「辰巳ヨシヒロの『劇画漂流』のプロモーションについて考える」http://www.animeanime.biz/archives/7393)

話を本作に戻すと、内容は上記した作風のために、とりあげられた『劇画漂流』と短編をすでに読んでいる人には、少々物足りない内容になろう。新しく描かれた部分もあるにはあるのだが…。
本作で初めて氏の存在に接して、その世界に入るキッカケにする作品といえる。

当然、本作で描かれるのは、『劇画漂流』のほんの一部。さらに原作では描かくところまでいかなかった貸本屋の衰退、ブーム化して乱造された劇画への辰巳氏の幻滅と、まだまだ裏『まんが道』として陽を当てるべきシーンはたくさんある。
遅きに失した感はあるが、後は日本人監督の役目であろう。


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