ハプニングが生み出した、奇跡のデビュー作!
いまや“世界のキタノ”として、名実ともに日本を代表する映画監督となった北野武。
そのフィルモグラフィの中では、北野バイオレンスの頂点『ソナチネ』(93)、一般受けがいい青春映画『キッズ・リターン』(96)、ヴェネチア映画祭金獅子賞を獲得し、内外に地位を確立した『HANA-BI』(98)、興行的に成功をおさめた『座頭市』(03)&『アウトレイジ』(10)、とバラエティ豊かな代表作が浮かび上がるが、俯瞰して意外に忘れがちになる重要な一本がある。
そう、記念すべき北野武の監督デビュー作の本作に他ならない。
“初監督作の中には、作家の全てが詰まっている”とは映画界でよく囁かれる格言だが、本作も例外ならず。ただ、誕生の経緯は他の一般監督および異業種監督とは、いささか異なる特殊ケースであった。
というのも、もともと本作は深作欣二監督、ビートたけし主演のアクション企画としてスタートし、深作監督が製作の奥山和由との意見対立で降板。すったもんだの末、ビートたけしが北野武としてメガホンをとる運びとなった。
要は、ある程度できあがった企画に偶発的に後から乗っかった、松田優作の監督作『ア・ホーマンス』(86)と同じ形態である。
それがどうした?と思われるかもしれないが、しかしここは案外見過ごせないポイントなのだ。
強引な捜査で組織から疎まれている一匹狼の所轄刑事、我妻諒介(ビートたけし)。当晩も浮浪者を袋叩きにした少年の家へ押し入り暴行を働き、無理矢理、自首させる始末であった。
ある日、港南署管内で麻薬の売人(遠藤憲一)が惨殺される事件が発生。我妻と新人の菊池(芦川誠)は、麻薬常習者や売人を対象に捜査を開始する。すると線上に裏で麻薬ビジネスに手を染める実業家、仁藤(岸部一徳)と配下の殺し屋、清弘(白竜)が浮上。しかも彼らに麻薬を横流ししていたのは、我妻の先輩である防犯課係長の岩城(平泉征)であった。ほどなく岩城は失踪し、首つり死体が発見される。頭にきた我妻は上層部の許可をとらず、独断で仁藤と清弘を裁くべく戦いを挑むのだが…。
本作をあらためて観ると、名脚本家、野沢尚が書いたシナリオの骨格の確かさに唸る。
己の凶暴性で悪党を叩きのめし、警察組織に厄介者扱いされる刑事、我妻。やがて警察上層部から見限られ、末端の我妻は簡単に切り捨てられてしまう。
一方、実業家の犯罪者、仁藤に飼われる殺し屋の清弘も、文字通り、捨て駒扱い。
アウトローの二人はいわば、似た者同士であり、互いに惹かれ合い、雇い主に牙をむき、最後には宿命の対決を迎える。
オリジナル脚本にはそこに、使用者を無敵化する麻薬“DIES”、精神の病を抱えた妹、灯(川上麻衣子)に対する「自分も遺伝的に異常をきたすのではないか?」という我妻の複雑な心境、そんな灯に成り行きで依存される清弘との三角関係、警察組織の官僚的腐敗、といったドラマを加味。再開発がすすむ東京の社会情勢に照らし合わせて、それらを展開させるテンコ盛りの内容となっている。(湾岸ウォーターフロント等のロケ地を見れば、オリジナル・プロットの残滓が窺えよう)
当脚本をそのまま深作監督がテンポよく撮っていたら、これはこれで面白いハードボイルドな作品になっていたに違いない。
しかし出来上がった本作は全く別物に改変され、新たな息吹を与えられている。
岩城を代表とする各キャラの背景、妹と清弘の関係性、麻薬“DIES”の設定、警察組織への我妻の抵抗といった、エンタメを構成するエモーショナルな要素はあえてオミット。我妻の異様な存在感でひたすら押し切る、不思議な映画になっている。
監督の身の丈にあったフィールドに、映画を引き寄せたといおうか。作品を自分色に再構成する非凡なバランス感覚ひとつ見ても、北野武の類稀なる才能が窺えよう。
まず徹底してセリフを削り、映像で表現する省略の冴えが鮮烈である。すでに本作から不親切キワキワの当スタイルが炸裂しており、実際、我妻は後半、一言もしゃべらない。刑事モノにあるまじき、前代未聞も珍事といえよう。
その代わり、我妻の歩くシーンを延々と写し、当キャラに対する思考を観客に強制する。
反面、どうでもいいキャラは棒のように立ち尽くすのみ(笑)。
時折り挟まれる妙な間、何を表現しているのか意味不明のショット、執拗すぎる暴力描写、等々、計算でやっているのか、ふざけてやっているのか、判断に苦しむテンポに呆然となるばかり。
野沢尚が手掛けたエンタメ脚本に、かように自身の実験的演出を盛り込んでいるのだからさもありなん。エピローグのどんでん返しも思い付きであり、最後の最後まで先読みできない。
一流の監督と脚本家が用意した土台を野心的に壊し、独自のスタイルを確立させた珍しいケースというか、いわゆるひとつの奇跡である。こんな贅沢は、ビートたけししか許されまい。
北野武自身、本作のようなアクシデント的な経緯がなければ、監督にはなっていなかったと語る通り、もしかすると一からはじまった企画では、うまく才能が花開かなかったかもしれない。
意気揚々とガサ入れするものの、逆に犯人に殴り倒される強面刑事、子供の見ている前で、スローモーションでバットで頭を叩き割られる善良刑事、犯人を追いかけるのに疲れ、道端でジュースを飲む刑事、途中で警察をクビになりリタイヤ状態となって、画廊や草野球を眺め放浪する主人公刑事、等々、斬新で悪意あるシーンのオンパレードも実に見応えアリ!
女子大生が突如起こった銃撃戦に巻き添えになるショットの生々しいインパクトは、日常に暴力が瞬間爆発する北野演出の真骨頂。
何より下町で我妻と菊池が麻薬常習者をパトカーで追跡する一連のシークエンスは、あらゆる意味で神懸り的なクオリティを誇っている。
クライマックスの我妻VS清弘の対決も、ことさらエキサイティング!
上記したように脚本がしっかりしているという事実もあるが、今あらためて観直すと北野映画の中で一番純粋に面白いのではないか?とすら思う。
キャスト陣で注目は、やはり本作で狂気の悪役に開眼した白竜!ギラギラしていた当時のビートたけしに張り合う不気味な迫力に圧倒される。
他、麻薬の売人役で若き日の初々しい遠藤憲一が、1シーン登場するのでお見逃しなく。
それに今回観直して、チンピラ役で小沢一義が出演していたことに初めて気付いた。
あと、北野組の常連となり、いまや名バイプレーヤーとなった寺島進が本作から顔を出している事実にご注目!
一言でいうと、「変な映画」ということになるが、今現在を踏まえると様々な発見があり、とかく見どころが多い一作である。
まさに最強のデビュー作といえよう。
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いまや“世界のキタノ”として、名実ともに日本を代表する映画監督となった北野武。
そのフィルモグラフィの中では、北野バイオレンスの頂点『ソナチネ』(93)、一般受けがいい青春映画『キッズ・リターン』(96)、ヴェネチア映画祭金獅子賞を獲得し、内外に地位を確立した『HANA-BI』(98)、興行的に成功をおさめた『座頭市』(03)&『アウトレイジ』(10)、とバラエティ豊かな代表作が浮かび上がるが、俯瞰して意外に忘れがちになる重要な一本がある。
そう、記念すべき北野武の監督デビュー作の本作に他ならない。
“初監督作の中には、作家の全てが詰まっている”とは映画界でよく囁かれる格言だが、本作も例外ならず。ただ、誕生の経緯は他の一般監督および異業種監督とは、いささか異なる特殊ケースであった。
というのも、もともと本作は深作欣二監督、ビートたけし主演のアクション企画としてスタートし、深作監督が製作の奥山和由との意見対立で降板。すったもんだの末、ビートたけしが北野武としてメガホンをとる運びとなった。
要は、ある程度できあがった企画に偶発的に後から乗っかった、松田優作の監督作『ア・ホーマンス』(86)と同じ形態である。
それがどうした?と思われるかもしれないが、しかしここは案外見過ごせないポイントなのだ。
強引な捜査で組織から疎まれている一匹狼の所轄刑事、我妻諒介(ビートたけし)。当晩も浮浪者を袋叩きにした少年の家へ押し入り暴行を働き、無理矢理、自首させる始末であった。
ある日、港南署管内で麻薬の売人(遠藤憲一)が惨殺される事件が発生。我妻と新人の菊池(芦川誠)は、麻薬常習者や売人を対象に捜査を開始する。すると線上に裏で麻薬ビジネスに手を染める実業家、仁藤(岸部一徳)と配下の殺し屋、清弘(白竜)が浮上。しかも彼らに麻薬を横流ししていたのは、我妻の先輩である防犯課係長の岩城(平泉征)であった。ほどなく岩城は失踪し、首つり死体が発見される。頭にきた我妻は上層部の許可をとらず、独断で仁藤と清弘を裁くべく戦いを挑むのだが…。
本作をあらためて観ると、名脚本家、野沢尚が書いたシナリオの骨格の確かさに唸る。
己の凶暴性で悪党を叩きのめし、警察組織に厄介者扱いされる刑事、我妻。やがて警察上層部から見限られ、末端の我妻は簡単に切り捨てられてしまう。
一方、実業家の犯罪者、仁藤に飼われる殺し屋の清弘も、文字通り、捨て駒扱い。
アウトローの二人はいわば、似た者同士であり、互いに惹かれ合い、雇い主に牙をむき、最後には宿命の対決を迎える。
オリジナル脚本にはそこに、使用者を無敵化する麻薬“DIES”、精神の病を抱えた妹、灯(川上麻衣子)に対する「自分も遺伝的に異常をきたすのではないか?」という我妻の複雑な心境、そんな灯に成り行きで依存される清弘との三角関係、警察組織の官僚的腐敗、といったドラマを加味。再開発がすすむ東京の社会情勢に照らし合わせて、それらを展開させるテンコ盛りの内容となっている。(湾岸ウォーターフロント等のロケ地を見れば、オリジナル・プロットの残滓が窺えよう)
当脚本をそのまま深作監督がテンポよく撮っていたら、これはこれで面白いハードボイルドな作品になっていたに違いない。
しかし出来上がった本作は全く別物に改変され、新たな息吹を与えられている。
岩城を代表とする各キャラの背景、妹と清弘の関係性、麻薬“DIES”の設定、警察組織への我妻の抵抗といった、エンタメを構成するエモーショナルな要素はあえてオミット。我妻の異様な存在感でひたすら押し切る、不思議な映画になっている。
監督の身の丈にあったフィールドに、映画を引き寄せたといおうか。作品を自分色に再構成する非凡なバランス感覚ひとつ見ても、北野武の類稀なる才能が窺えよう。
まず徹底してセリフを削り、映像で表現する省略の冴えが鮮烈である。すでに本作から不親切キワキワの当スタイルが炸裂しており、実際、我妻は後半、一言もしゃべらない。刑事モノにあるまじき、前代未聞も珍事といえよう。
その代わり、我妻の歩くシーンを延々と写し、当キャラに対する思考を観客に強制する。
反面、どうでもいいキャラは棒のように立ち尽くすのみ(笑)。
時折り挟まれる妙な間、何を表現しているのか意味不明のショット、執拗すぎる暴力描写、等々、計算でやっているのか、ふざけてやっているのか、判断に苦しむテンポに呆然となるばかり。
野沢尚が手掛けたエンタメ脚本に、かように自身の実験的演出を盛り込んでいるのだからさもありなん。エピローグのどんでん返しも思い付きであり、最後の最後まで先読みできない。
一流の監督と脚本家が用意した土台を野心的に壊し、独自のスタイルを確立させた珍しいケースというか、いわゆるひとつの奇跡である。こんな贅沢は、ビートたけししか許されまい。
北野武自身、本作のようなアクシデント的な経緯がなければ、監督にはなっていなかったと語る通り、もしかすると一からはじまった企画では、うまく才能が花開かなかったかもしれない。
意気揚々とガサ入れするものの、逆に犯人に殴り倒される強面刑事、子供の見ている前で、スローモーションでバットで頭を叩き割られる善良刑事、犯人を追いかけるのに疲れ、道端でジュースを飲む刑事、途中で警察をクビになりリタイヤ状態となって、画廊や草野球を眺め放浪する主人公刑事、等々、斬新で悪意あるシーンのオンパレードも実に見応えアリ!
女子大生が突如起こった銃撃戦に巻き添えになるショットの生々しいインパクトは、日常に暴力が瞬間爆発する北野演出の真骨頂。
何より下町で我妻と菊池が麻薬常習者をパトカーで追跡する一連のシークエンスは、あらゆる意味で神懸り的なクオリティを誇っている。
クライマックスの我妻VS清弘の対決も、ことさらエキサイティング!
上記したように脚本がしっかりしているという事実もあるが、今あらためて観直すと北野映画の中で一番純粋に面白いのではないか?とすら思う。
キャスト陣で注目は、やはり本作で狂気の悪役に開眼した白竜!ギラギラしていた当時のビートたけしに張り合う不気味な迫力に圧倒される。
他、麻薬の売人役で若き日の初々しい遠藤憲一が、1シーン登場するのでお見逃しなく。
それに今回観直して、チンピラ役で小沢一義が出演していたことに初めて気付いた。
あと、北野組の常連となり、いまや名バイプレーヤーとなった寺島進が本作から顔を出している事実にご注目!
一言でいうと、「変な映画」ということになるが、今現在を踏まえると様々な発見があり、とかく見どころが多い一作である。
まさに最強のデビュー作といえよう。
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