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Channel: 相木悟の映画評
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『007/ユア・アイズ・オンリー』 (1981)

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ユーモア路線の中にキラリと光る激シブ味の第12作!



おそらく一般の方々は、ボンドを演じる役者によって、シリーズをジャンル分けされていることと思う。そうした区別も決して間違ってはいないが、厳密にいえば、作品自体に個性があるのがホントのところである。例えば、ユーモア満載なスナック感覚路線と見なされるロジャー・ムーアの作品群も実は山あり谷ありバラエティに富んでおり、ひとつは『ムーンレイカー』(79)にて荒唐無稽スペクタクルの頂点を極めた。当作はインパクトでいえば、シリーズ中最強といっても過言ではあるまい。
そんな振り切れるまで振り切れた衝撃作の後をどうするか?製作陣は方向性について悩みに悩んだ。そして、スパイ・エンタメという原点回帰に軌道修正する旨を決定したのである。ともすると、せっかく前作までに獲得したファンの期待を裏切る方向転換であり、今にして思えば断腸の決断であったことは想像に難くない。
結果、決断が功を奏し、コアなファンと一般客に受け入れられ、シリーズの延命へとつながる。もしおバカ路線を突っ走っていたら飽きられて、シリーズは終焉を迎えていたかもしれない。
という訳で本作は、そんなある意味、シリーズ中の重要起点である第12作。内容はイアン・フレミングの二つの短編『読後焼却すべし』と『危険』の複合体となっている。

ギリシア、コルフ島沖イオニア海で、英国のスパイ船“セント・ジョージ号”が、謎の機雷攻撃で沈没させられる事件が発生。船内には軍事機密であるミサイル誘導装置“ATAC”が積まれており、慌てた英国国防省は秘密裡に海洋考古学者ハブロックに引き上げを依頼する。ところがハブロック夫妻は突然現れた水上機に銃殺され、その場に居合わせた娘のメリナ(キャロル・ブーケ)は惨劇を目撃してしまう。この結果をうけて国防省は、“MI6”のジェームズ・ボンド(ロジャー・ムーア)を派遣。さっそくボンドは、夫妻を殺害したパイロットのゴンザレス(ステファン・カリファ)が潜むマドリードに直行する。しかしゴンザレスはボンドが捕まえる前に、復讐に燃えたメリナの放った矢により絶命。ゴンザレスが接触していた殺し屋ロック(マイケル・ゴザード)の一味に狙われたボンドはメリナと共に、なんとかその場を逃げのびるのであった。
ロンドンに戻ったボンドは、Q(デスモンド・リュウェリン)の開発した照会システムを駆使し、ロックが北イタリアのスキー・リゾート、コルチナ・ダンペッツォに潜伏している旨を突き止める。現地に向かったボンドは情報屋のフェラーラ(ジョン・モレノ)を介し、大富豪クリスタトス(ジュリアン・グローヴァー)と会合。ロックが密輸業者コロンボ(トポル)の右腕である情報を得たボンドは、再会したメリナと共に事件の真相に迫っていくのだが…。

毎度お楽しみアバンタイトルは、亡き妻の墓参りに訪れるボンドの哀愁の姿から始まる。この亡き妻トレーシーは、『女王陛下の007』(69)のエピソードを継承し、あまつさえその後にペルシャ猫を抱いたスキンヘッドの車椅子男が登場。本編内では名は明かされないが、どう見てもシリーズ初期にボンドと死闘を繰り広げた国際犯罪組織“スペクター”の首領ブロフェルドその人である。
本シーンでは、ボンドが乗ったヘリコプターを遠隔操作する車椅子男とボンドとのバトルを活写。例のごとく車椅子男が悲惨な最期をむかえるのだが、実は本シーンはロジャー・ムーアが当初、ボンド役を拒否したため、新ボンドの区切りの出発という意味合いで生み出された。結果、ムーアが続投する運びとなり、ムーア・ボンドのイメージ刷新の象徴となった訳である。
車椅子男が無名になっているのは、当時、権利問題の関係で本家が“スペクター”と“ブロフェルド”の名称を使用できなかったゆえであり、本シーンはそうした外野のゴタゴタへの決別宣言でもあったのだろう。
ちなみに2012年にフェイスブックの公式イベント「シリーズの中で好きなシーン」のファン投票で、本シーンはようやく『“ブロフェルド”の死』として認められた。

主題歌『For Your Eyes Only』を歌うのは、シーナ・イーストン。後にスターになる新人の彼女だが、本時点でオープニング・タイトルに顔見せするというシリーズ唯一の恩恵にあずかっている。僕的には次作『オクトパシー』(83)の『All Time High』同様、しっとり系の本曲が大好き!

本編がはじまると、英国の秘密軍事兵器をめぐり、KGBや密輸組織がからんだ争奪戦が繰り広げられるのだが、今回は東西冷戦の緊張感が高まっていた背景もあり、いつになく政治的なシリアスな雰囲気に包まれている。前作の『ムーンレイカー』との格差を考えれば、驚愕の一言(笑)。
多少、登場人物と筋が入り組んでいて、ややこしく感じるが、基本線は至ってシンプル。実はミステリー要素もなく、テンポよく矢継ぎ早に繰り広げられるアクションを楽しむ娯楽作に仕上がっている。
しかし上記したように、あくまでスタンスは抑え目なので、ボンドカーも活躍せずボンドはメリナの可愛い車シトロエン・2CVでカーチェイスに興じ、秘密兵器もナシ。
その分、スキーやボブスレーを使ったバラエティ豊かな雪上アクション、海中バトル(もちろんレギュラー・アニマルの鮫も登場)、『死ぬのは奴らだ』(73)でカットされたボート引きずられ拷問の復活、ロック・クライミング・サスペンス、等々、純粋に肉体を駆使したハラハラドキドキの活劇を堪能できる。

スペイン、イタリア、地中海と贅沢に飛び回るロケ地だが、個人的にはクライマックスの舞台となるギリシア北西部のメテオラに注目。かの地は、山奥に隕石が落下したような無数の巨岩がつらなり、奇岩群の上には修道院が建てられている一度は訪れてみたい神秘の景観地である。本作撮影時には、通俗的なシリーズに対する修道僧の抗議運動が巻き起こり、妨害に反対の旗を立てまくったために思うような画が撮れなかったそうな。おかげで素晴らしい風景を、あまり活かせていないのが残念でならない。

5度目のボンド役ロジャー・ムーアの見どころとしては、何といっても殺し屋ロックが乗った車を、一蹴りで崖の上から突き落とすシーン。およそムーア・ボンドらしからぬ無慈悲な行動であり、監督と議論になったそうだが、結局、監督の意見が通ることに。結果的には本シーンは、ムーアのシビアな一面を引き出す新境地となった。

ボンドガールは、モデル出身の超絶スタイルを誇るキャロル・ブーケ。黒髪のエキゾチックな美貌は、異色の風を吹き込んだ。お色気シーンが少なく、なんとボンドと途中で肉体関係を持たず、ボーガンを武器にガンガン戦う破格の扱い。シリーズのテコ入れと魅力が合致した、印象深いボンドガールの一人といえよう。
代わりにお色気を担当し、熟女パワーを振りまいたのは、リスル伯爵夫人役のカサンドラ・ハリス。実は彼女は、5代目ボンドのピアース・ブロスナンの奥さんであり、ブロスナンも撮影現場に陣中見舞に来訪。あまりに端正なルックスにスタッフ陣を魅了したのだとか。彼女は91年にガンでお亡くなりになり、夫の勇姿を見届けることはかなわなかったが、運命を結びつけたのは彼女の功績だったのである。
オリンピックのフィギュアで金メダルを目指す少女、ビビを演じたリン=ホリー・ジョンソンも印象深い。10代の彼女は、「おじさまステキ!」と天真爛漫にボンドを誘惑。ボンドが、たじたじになるというシリーズ屈指の珍ボンドガールとなっている。さすがのボンドも倫理的に少女には手を出さないというスタンスが微笑ましい限り。

悪役クリスタトスを、かつてボンド候補になったダンディなジュリアン・グローヴァーが好演。ビビを囲って金メダルの夢を託し、実際は男好きな彼女を純真なイコンとして可愛がるイタい一面がたまらない。憎めない人間臭い悪党である。
他、最終的にはボンドの助太刀をするコロンボに扮した名優トポルの、さすがの存在感もGOOD。豪華な脇役である。
ラストには公開当時の首相である“鉄の女”とその夫のそっくりさんが登場。007だからこそ効く横綱相撲の爆笑シーンが用意されているので要チェック。

あと、M役のバーナード・リーが撮影前に亡くなり、彼に敬意を表して劇中では休暇扱いとなっている。ボンドがマネーペニー(ロイス・マクスウェル)にそっと手渡す一輪の花が哀悼の意を示しており、胸をしめつけずにはいられない。

監督には、これまでのシリーズで編集及び第二班監督を務めてきたジョン・グレンが昇進。面白いものをみせてやる!というデビュー作らしい意欲が漲っており、その初々しさも本作のクオリティの要因であろう。シンボルに鳩を飛ばす茶目っ気もまたヨシ。

なんとなくダルトンやクレイグにおされて、なおかつ他のムーア作品のインパクトに埋もれ、悔しくも存在感が薄くなった本作。ぜひ『ムーンレイカー』とセットでおさえてほしい、見どころが詰まった秀作である。


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