深き余韻が刻まれるスナイパーの一生!
従軍し、英雄になった男に、戦争はどんな影響を与えたのか?その心理を垣間見る重い人間ドラマであった。
本作は、映画界の長老クリント・イーストウッド監督作。イラク戦争で公式記録160人を撃ち抜いた最強スナイパー、クリス・カイルの自叙伝の映画化だ。
イスラム国の台頭等、中東情勢に関心が集まる中、公開された本作は、本国でメガ・ヒットを記録。そんな中、マイケル・ムーアをはじめとした著名人による批判、擁護がいちいち話題になり、英雄か否かアプローチに関して論争がヒート・アップ。イーストウッド史上、というか戦争映画NO.1を塗り替える社会現象となった。はたして、イーストウッド御大は、どんなメッセージを投げかけたのか…!?
1998年、テキサス出身のクリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)は、アメリカ大使館爆破事件をテレビで見て、愛国心から海軍に入隊。特殊部隊ネイビー・シールズに配属され、厳しい訓練に耐える中、最愛の女性タヤ(シエナ・ミラー)と出会う。
2011年、同時多発テロが発生し、イラク戦争が勃発。クリスは、タヤとの結婚式の日に出撃が決まり、スナイパーとして戦地に赴く。そして類稀な狙撃の精度で次々に成果をあげたクリスは、味方からは“伝説”と讃えられ、反政府武装勢力からは“悪魔”と恐れられ、その首に懸賞金がかけられる。
一方、故国で二人の幼い子供を育てるタヤは、クリスのおかれる危険な状況に心配を募らせて…。
何となく『スターリングラード』(01)よろしく、スナイパーが活躍する戦争アクションという事前イメージが個人的にあったが、さにあらず。肌触りとしては、『ハートロッカー』(08)や『ディア・ハンター』(78)、『帰郷』(78)といったPTSDに苦しむ帰還兵モノである。
もちろん、イーストウッドの装飾を削ぎ落した職人芸的演出により、陰鬱ながらも分かり易く、『ハートロッカー』みたいにとっつき難くはない。『ミリオンダラー・ベイビー』(04)のミッキーのTシャツを着てお見舞いにくる家族のように、戦場でクリスが妻と携帯でやりとりする「狙い過ぎでは?」というシーンも散見されるが、その直球さもまたイーストウッドだ。
主人公のクリスは、幼い頃から父に「弱い羊を守る牧羊犬になれ。狼にはなるな」と教えをうける。いじめられている弟を助け、相手を叩きのめす。いわんや、愛する者に危害を加える悪は、やられる前に倒す。かような絶対的な定義を受け継いで、クリスは戦場へ向かう。仲間の命を奪おうとする敵であれば、女子供であろうと容赦なく撃ち殺す。そこに迷いはない。
イーストウッドはそんなクリスのスナイパーとしての活動をエンタメにせず、淡々と描写する。敵側の凄腕スナイパー(サミー・シーク)との死闘といった見せ場も用意されているが、エモーショナルな感慨はない。全編を支配するのは、人が人を殺す緊迫感だ。彼らを送り込んだ張本人たちや政治的背景には、あえて触れられてはいない。
そして、4度のイラク派遣の狭間に帰国したクリスと家族との物語を差し挟み、定点観測のように人生を紡いでいく。
クリスには、上記した如く確固とした信念があり、いくら人を殺しても揺らぐことはない。…はずなのだが、一般社会での生活では、小さな物音に怯えたり、激しやすくなったりと、うまく適応できない。結果的に精神は蝕まれ、病んでしまっている。
このクリスの意識と無意識の分裂した葛藤が、観る者に問いかける。あたかも戦争が起こるメカニズムを理解し、起こるべくして起こると諦念しながらも、同種間殺人を拒否する生物本能とでもいおうか。彼の悲痛な姿は、人間の矛盾の鏡写しといえよう。
そう観ると、余計にやるせない顛末が胸に迫る。まさに人間の業を描いた息詰まる一級ドラマである。
問題であるのがエンド・クレジットの映像だ。個人的には本シークエンスこそがアメリカで保守、リベラルを巻き込んだ論争の火種になったと思う。靖国神社の遊就館で特攻隊員の手記から受けるようなこの崇高な感動を、愛国心の高揚と捉えられても仕方あるまい。正直、門外漢の僕ですら心を揺さぶられ、ポロリと涙がこぼれた。プロパガンダととるか、一人の男の人生の軌跡ととるか。本シークエンスをぜひご自身で体感して判断していただきたい。続く無音のローリングタイトルで、いやがうえにも沈思黙考させられよう。
加えて、この映像が実際の記録映像であるところがミソである。イーストウッドの計算ではおそらくないと思うが、実録とはいえフィクションの映画が地続きに現実に波及した効果があろう。本編では政治描写を避けていただけに余計に意図的にうつる。
ことほど左様に本シークエンスが内容の理解をボカしたような気もするが、これがないと注目作にはなっていなかったかもしれない。
そういう意味では、奇作である。
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従軍し、英雄になった男に、戦争はどんな影響を与えたのか?その心理を垣間見る重い人間ドラマであった。
本作は、映画界の長老クリント・イーストウッド監督作。イラク戦争で公式記録160人を撃ち抜いた最強スナイパー、クリス・カイルの自叙伝の映画化だ。
イスラム国の台頭等、中東情勢に関心が集まる中、公開された本作は、本国でメガ・ヒットを記録。そんな中、マイケル・ムーアをはじめとした著名人による批判、擁護がいちいち話題になり、英雄か否かアプローチに関して論争がヒート・アップ。イーストウッド史上、というか戦争映画NO.1を塗り替える社会現象となった。はたして、イーストウッド御大は、どんなメッセージを投げかけたのか…!?
1998年、テキサス出身のクリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)は、アメリカ大使館爆破事件をテレビで見て、愛国心から海軍に入隊。特殊部隊ネイビー・シールズに配属され、厳しい訓練に耐える中、最愛の女性タヤ(シエナ・ミラー)と出会う。
2011年、同時多発テロが発生し、イラク戦争が勃発。クリスは、タヤとの結婚式の日に出撃が決まり、スナイパーとして戦地に赴く。そして類稀な狙撃の精度で次々に成果をあげたクリスは、味方からは“伝説”と讃えられ、反政府武装勢力からは“悪魔”と恐れられ、その首に懸賞金がかけられる。
一方、故国で二人の幼い子供を育てるタヤは、クリスのおかれる危険な状況に心配を募らせて…。
何となく『スターリングラード』(01)よろしく、スナイパーが活躍する戦争アクションという事前イメージが個人的にあったが、さにあらず。肌触りとしては、『ハートロッカー』(08)や『ディア・ハンター』(78)、『帰郷』(78)といったPTSDに苦しむ帰還兵モノである。
もちろん、イーストウッドの装飾を削ぎ落した職人芸的演出により、陰鬱ながらも分かり易く、『ハートロッカー』みたいにとっつき難くはない。『ミリオンダラー・ベイビー』(04)のミッキーのTシャツを着てお見舞いにくる家族のように、戦場でクリスが妻と携帯でやりとりする「狙い過ぎでは?」というシーンも散見されるが、その直球さもまたイーストウッドだ。
主人公のクリスは、幼い頃から父に「弱い羊を守る牧羊犬になれ。狼にはなるな」と教えをうける。いじめられている弟を助け、相手を叩きのめす。いわんや、愛する者に危害を加える悪は、やられる前に倒す。かような絶対的な定義を受け継いで、クリスは戦場へ向かう。仲間の命を奪おうとする敵であれば、女子供であろうと容赦なく撃ち殺す。そこに迷いはない。
イーストウッドはそんなクリスのスナイパーとしての活動をエンタメにせず、淡々と描写する。敵側の凄腕スナイパー(サミー・シーク)との死闘といった見せ場も用意されているが、エモーショナルな感慨はない。全編を支配するのは、人が人を殺す緊迫感だ。彼らを送り込んだ張本人たちや政治的背景には、あえて触れられてはいない。
そして、4度のイラク派遣の狭間に帰国したクリスと家族との物語を差し挟み、定点観測のように人生を紡いでいく。
クリスには、上記した如く確固とした信念があり、いくら人を殺しても揺らぐことはない。…はずなのだが、一般社会での生活では、小さな物音に怯えたり、激しやすくなったりと、うまく適応できない。結果的に精神は蝕まれ、病んでしまっている。
このクリスの意識と無意識の分裂した葛藤が、観る者に問いかける。あたかも戦争が起こるメカニズムを理解し、起こるべくして起こると諦念しながらも、同種間殺人を拒否する生物本能とでもいおうか。彼の悲痛な姿は、人間の矛盾の鏡写しといえよう。
そう観ると、余計にやるせない顛末が胸に迫る。まさに人間の業を描いた息詰まる一級ドラマである。
問題であるのがエンド・クレジットの映像だ。個人的には本シークエンスこそがアメリカで保守、リベラルを巻き込んだ論争の火種になったと思う。靖国神社の遊就館で特攻隊員の手記から受けるようなこの崇高な感動を、愛国心の高揚と捉えられても仕方あるまい。正直、門外漢の僕ですら心を揺さぶられ、ポロリと涙がこぼれた。プロパガンダととるか、一人の男の人生の軌跡ととるか。本シークエンスをぜひご自身で体感して判断していただきたい。続く無音のローリングタイトルで、いやがうえにも沈思黙考させられよう。
加えて、この映像が実際の記録映像であるところがミソである。イーストウッドの計算ではおそらくないと思うが、実録とはいえフィクションの映画が地続きに現実に波及した効果があろう。本編では政治描写を避けていただけに余計に意図的にうつる。
ことほど左様に本シークエンスが内容の理解をボカしたような気もするが、これがないと注目作にはなっていなかったかもしれない。
そういう意味では、奇作である。
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